東北大学加齢医学研究所 川島隆太教授とくもん学習療法センター共同研究
海外初!米国にて「学習療法」の
有意性が認められました
―アメリカでの学習療法トライアルの成果についてー
日本公文教育研究会 くもん学習療法センター(代表:大竹洋司)は東北大学加齢医学研究所 川島隆太教授との共同研究として、海外初となる「学習療法」の実証実験(リサーチ・トライアル)を2011年5月から6ヶ月間、アメリカ・オハイオ州クリーブランドのNPO法人高齢者介護施設「エライザ・ジェニングス・シニア・ケア・ネットワーク(Eliza Jennings Senior Care Network)」(以下EJ)の協力により実施しました。
その結果、日本での効果同様に、学習者の認知症状の維持・改善、施設スタッフのモチベーションの向上、施設の介護ケアの質の向上などに効果が表れ、文化や言語の違いを越えた「学習療法」の有意性が判明しました。
東北大学加齢医学研究所、川島隆太教授を中心とする産・官・学の共同プロジェクトによって科学的に効果が証明された、認知症の維持・改善を目的とする非薬物療法。
「音読と計算を中心とする教材を用いた学習を、学習者と支援者がコミュニケーションをとりながら行うことにより、学習者の認知機能やコミュニケーション機能、身辺自立機能などの前頭前野機能の維持・改善をはかるものである。」と定義。
現在国内では、認知症の維持・改善のための「学習療法」を1,400の高齢者介護施設に導入、認知症予防のための「脳の健康教室」を215の自治体等で410教室を展開中。(2012年3月現在)
【トライアル実施までの経緯】
この度トライアルを実施したEJはNPO法人の高齢者介護施設としてすでに120年の歴史を持ち、その理念は「パーソン・センタード・ケア」という「一人ひとりの高齢者を『人』として、真ん中に置くこと」を理念にかかげ、そのためにどう介護の質を上げていくかを常に考えている施設でした。
そんな中2010年6月「学習療法」と出会い「これだ!」と感じて、トライアルに名乗りを上げてくれました。
そして、同年暮れには、くもん学習療法センターがEJのサポーター(学習療法を実施するスタッフ 主に介護スタッフ)育成のための研修を開始、約6ヶ月にわたり学習療法の考え方、実践方法、具体的な効果等お互いが納得いくまで綿密なやり取りを繰り返しました。
そして、2011年5月、実際に認知症を発症している方23名に学習療法を開始、同時に対照群(比較のため学習療法を実施しない群)となるEJの関連施設の24名の半年間の経過観察を開始しました。
なお、このトライアルは米国IRB(Institutional Review Board【倫理審査委員会】)の認可の下、実施されたトライアルであり、米国における臨床試験として正式に認められたものです。
【トライアルの実践と成果】
2011年5月18日、初めての学習者を迎え、海外初の「学習療法」がスタート。「学習療法」ではニ人の学習者に一人のサポーターがつき、学習を進めていきます。
《定量的成果》
認知症の度合いを測る方法として世界標準として用いられる基準に、FAB(前頭葉機能検査)とMMSE認知機能検査)がありますが、この度のトライアルでは対照群(学習療法を実施しない群)との比較において以下のような結果が得られました。
FAB(前頭葉機能検査)前頭前野機能を簡便に評価するための面接形式の検査。18点満点で6項目から成り立っており、ほぼ8歳以上の健常な人では満点を取れる。
MMSE(認知機能検査)認知障害測定の尺度で、認知能力や記憶能力を簡便に検査する11項目の設問で構成、30点満点で総合点が22点~26点で軽度認知障害(MCI)、21点以下で認知症などの認知障害の可能性が高いと判断される。
最終的には介入群(学習療法を実施したグループ)が19名、対照群(学習療法を実施しないグループ)20名のデータが取得できました。
FAB、MMSEともスタート時(Baseline)は両群とも差異はそれほどありませんでしたが、6ヶ月後(FU)では明らかな差異が認められました。
《定性的成果》
学習開始からわずか2日目から1ヶ月の間に各学習者に次々と変化が表れました。
Aさん…学習開始初日では名前を書けなかったが、2日目にはフルネームを書けるようになる。
Bさん…すうじ盤というボードに駒を順番通りに置く学習では1の駒だけしか置けなかったが、1週間で10までを置けるようになり、ひと月後には30までスラスラと置けるようになる。
学習の成果と同時にその方々の周辺症状にも変化が出てきました。
Cさん…尿意を感じずおむつをはずすことができなかったが、ある日「トイレに行きたいからちょっと通してください。」と発言され、周りの介護スタッフを驚かせる。
Dさん…食事以外ほとんど自室から出ることなく、人との交流を全く望まなかったが、学習開始直後から様子に変化が見られ、今では自らリビングルームに出ておしゃべりを楽しんでいる。
(上記は個人的な状態の変化の一例です。)
【なぜ、文化や言語の違いを越えて、学習療法の効果の有意性が見えたか。】
学習療法の定義は前述の通りですが、実は最も大事なことは、「学習療法」をする側が一人ひとりの認知症高齢者を大切にしたいという「志」なのです。
その「志」を施設全体が持っている。それなくしては、「学習療法」の教材やマニュアルがあっても決して良い効果は生まれません。つまり、やはり最後は人対人なのです。
具体的には、今回トライアルを実施したEJは、前述の通り「パーソン・センタード・ケア」という「介護する高齢者を真ん中に」という精神を120年間培ってきた施設です。
しかし、思いはあっても、本当の意味でそれが実践できているか常に模索を続けていたそうです。
そこで「学習療法」と出会い、その実践や効果を見て「これが理念を実現するために求めていたものだ!」という思いをCEOのデボラ氏は瞬間的に感じられたそうです。
このように施設の理念である「高齢者一人ひとりを大切にする」という「志」を持ったスタッフがサポーターとなり、「学習療法」を実践したことが、この成功を導いた一番の要因です。
【「学習療法」今後の可能性】
6ヶ月のトライアルの成果を受け、EJでは2012年5月より「学習療法」を施設および関連する他の施設(計4施設)にも正式に順次導入することを決定しました。
このトライアルで「学習療法」は『文化や言語の違いを越えてその効果が実証できた』ことにより、今後の展望がさらに開けてきました。
認知症の問題は現代の日本のみならず欧米や今後のアジアでも大きな課題になっています。
予防医学等の観点からも、人々が元気で認知症とは無縁の生活が送れれば、多くの医療費や介護費用の削減に結びつきます。
また、「学習療法」は当初認知症症状の維持・改善、予防を目的としておりましたが、10年が経過し、導入した施設から次々と「さらなる効果」の報告が入ってきています。
【学習療法のもたらしたその他の変化】(日本での効果)
1.ご家族への好影響
認知症の介護は想像を絶する大変さと、多くの場合、自分の「親」がなるものですから、子どもとして「自分の知っている親ではなくなる」現実を目の当たりにすることは本当に辛いことです。
そこで、少しでも家族のことを思い出し、昔のような穏やかな親子関係が取り戻せたら、これほど家族にとって嬉しいことはありません。学習療法は実際にそういう事例を多く生み出しています。
ある例では認知症の進行により、自分(子ども)の顔さえも忘れ、家では徘徊や特異行動をしてしまう親が、学習療法をして半年後、自分を「わが子」として思い出し、昔のように気遣ってくれるようになり、趣味のことも思い出し、もう一度やり始めました。その後、その方は亡くなりましたが、その息子さんは「入所した当時(認知症が進んだまま)に亡くなっていたら本当に後悔したと思います。
でも、学習療法で私を息子と思い出し、最後は私を気遣うまでに回復して、昔のままの親として最期を迎えられたことで、私自身も後悔なく見送ることが出来ました。」と語ってくれました。
人間が人間としての尊厳を持ったまま最期を迎えられることができれば、残された家族も故人に対する思いが大きく変わります。
2.介護スタッフの変化
学習療法は学習者ニ人に対して一人のサポーター(介護スタッフ)がついて実施します。
1回わずか30分程度ですが、教材の学習をきっかけにコミュニケーションをとるため、今まで知らなかった学習者の「ひととなり」(出身や過去の経歴等)を知ることになります。
また、自分の働きかけが学習者に変化をもたらし、より良い状態になることで、スタッフ自身もやりがいを感じます。そのことが、学習療法の時だけではなく、介護ケアそのものにも変化もたらします。
なぜかというと今までは誰でも同じ「入所者の一人」としてケアをしていたのが、「○○さんに対するケア」という意識に変わることで、「どうすればこの方がより快適に過ごせるだろうか」「この方の笑顔をもっと見たい」という気持ちにスタッフ自身が変わっていきます。
このことが自然と介護ケアの質の向上をもたらしているのです。
3.施設の変化
介護業界は離職率が高いと言われています。それは、教育のように子どもの成長を見守る仕事なら、未来を感じ、やりがいも感じられますが、介護の仕事はどんなに頑張っても衰えていく高齢者を見て最期を看取るという未来が見えない仕事です。そのため、自分のモチベーションを保つには相当に強い意志(こころざし)がなければ続けることが難しく離職率等が高くなってしまうのです。
しかし、学習療法を取り入れた施設でその離職がピタッと止まった施設がいくつか出てきました。
前述の通り、学習療法により認知症状の改善が見られることや看ていた方が最期を迎えても、その家族から多くの感謝の言葉が寄せられることで、スタッフのやりがいが今までにない向上をみせました。
すると、スタッフ間のコミュニケーションも、より密になり、学習療法に直接関わっていない食事や送迎のスタッフまでもが、高齢者一人ひとりを大切にしようとするため施設全体の雰囲気がよくなりました。
その雰囲気を感じた入所者のご家族が地域に評判を広げ、それが、更なるスタッフのやる気に結びつくという好循環を生み出しているとのことです。
4.地域ネットワークの広がり
介護施設というのは、同じ地域で隣接していても組織の母体が違えば、あまり接点はありません。
しかし、一部地域で「学習療法」を共通言語に、お互いの学習療法のやり方や質の向上を求めて、情報交換をしたり、お互いの施設を見学したりする動きが出てきました。
そのうちに、本質である「介護ケア」についても情報交換をするようになり、その質の向上を求めて、いくつかの施設が集まり定期的な勉強会を実施するまでに至っています。
現在では首都圏を始めとして、北海道、愛知、三重、大阪、兵庫、愛媛、九州と自発的な地域ネットワークが生まれ、施設内のことだけではなく、地域医療や地域での介護のあり方についても話し合うなど活発な活動が展開されています。
5.これらの効果の集大成であるEJでの成果
EJでのわずか半年間のトライアルにおいても、上記1~3の良い変化はすでに起こっています。
施設のチームリーダーは「学習者の変化のみならず、くもん学習療法センターの方が研修で言っていた家族やスタッフ、施設全体への好影響がすでに出てきています。しかし特別なことは何もしておらず10年間積み上げてきた「学習療法」のノウハウを忠実に再現しているだけです」と語ってくれました。
文化や言語は違っても「介護ケアの質の向上」や「施設全体の質の向上」は、誰もが望む状況であるということが、よくわかりました。
1959年、千葉県千葉市生まれ
東北大学医学部卒業、同大学院医学研究科修了。
スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学助手、講師を経て、
現在、東北大学加齢医学研究所教授
脳のどの部分に、どのような機能があるのかを調べる「ブレインイメージング研究」の日本における第一人者
著書:「学習療法の秘密」「脳を鍛える大人のドリル」シリーズ「自分の脳を自分で育てる」他、多数
プレスリリースに関するお問い合わせ先
公文教育研究会 TEL 03-3234-4401