「上映会をしたい」がきっかけ
多くの人に見てもらいたい
―八王子市で活動する市民団体b-ane-mone設立のきっかけと現在の活動状況について教えてください。
私は子どもの頃からノンフィクションやドキュメンタリー映画が好きで、自分の価値観や社会の仕組みなど、とても多くのことを映画から学んできました。そんな私が「認知症」に関するドキュメンタリー映画を探している中で出合ったのが『僕ジョン』です。なぜ認知症かというと、私が日々看護している方々が認知症の方だからです。また子どもの頃、沖縄で同居していた祖母も認知症だったので、私にとって「認知症」はとても身近なテーマでした。
『僕ジョン』の全編を見たい、せっかくなら地域で上映会をしたいという思いをしばらく温めていたのですが、今年(2024年)の元日に、初めて義妹の藪下静佳に構想を話しました。彼女も認知症予防についてしっかりとした考えを持っています。話しているうちに、今年は認知症基本法の施行年であり、さらに9月21日は世界アルツハイマーデーで、しかもその日は土曜日ということで、『僕ジョン』上映会にうってつけであることがわかり、「よし、やろう!」となったわけです。
その後静佳の紹介で、看護師で公認心理師の武末ななみも仲間になりました。最初は単発のイベントとして実行委員会を作るつもりでしたが、地域活動のアドバイザーの方から市民団体設立を勧められ、3人でb-ane-moneを設立、この2月から活動しています。
私は映画も好きですし、イベントも好きなので、社会のため・地域のためというよりも、楽しいことや好きなことをしているという感覚です。活動はコワーキングスペースやオンラインを使って、3人の仕事の合間を縫って行っています。現在は上映会関連の他に、地域のイベントに参加したり、認知症カフェや認知症家族会に参加させてもらうこともあります。学習療法導入施設にも見学に行かせてもらいました。
―『僕ジョン』の見どころはどんなところですか?
施設がきれいだなとかスタッフの対応の違いとか、学習療法の前後での変化というのはもちろんありますが、一人の方の生い立ちからずっと紹介していくようなところがあるんです。日頃私たちは「認知症のその方」で出会うので、認知症になる前の人物像を想像できないままになってしまいがちですが、この映画を見ることでその人の背景を想像できたり、人間の尊厳を考えたり、何よりも観た後にハッピーになれる映画です。
日々、認知症のある方と向き合っている人、介護や看護の専門職や、ご家族に見てもらいたいと思います。また、逆に全く認知症と縁のない方にも足を運んでいただいて、認知症について知ってもらえるとうれしいです。
学習療法を知ってより思い出す
看護師になった頃のエピソード
―学習療法導入施設を見学して、どのように感じましたか?
自主上映会をすることが決まってから、同じ八王子市内にある学習療法導入施設「元気セミナーやまぼうし」さんを見学させていただきました。学習療法の概要については事前にホームページ等で情報を得ていたのですが、医療の現場と同じように忙しい介護の現場で、スタッフ1対利用者2でじっくりと時間を取って行うことは難しいのではないかと想像していました。ところが、実際は映画と同じような光景が広がっていました。
介護スタッフの方がその人のありのままを尊重した対応をしていて、何より利用者さんが楽しんでいらっしゃる。教材はその方に合ったものが選ばれているそうですが、人と人とのコミュニケーションや行ったことに対して認められることの効果が大きいのかなと感じました。私自身、塗り絵やドリルなどを利用者さんに勧めることがあるのですが、やっていただくだけで十分にコミュニケーションをとっていなかったとふり返るきっかけになりました。
―看護師になるまでの道のりや看護師になった後の忘れられないエピソードを教えてください。
看護師を目指したのは19歳のときでした。そのころは子どもの頃からの「卓球選手として実業団に入る」という夢が絶たれ目標を見失っていたのですが、バイト先のお客様で看護師の方から、「働きながら看護師になれるから」と声をかけていただいたんです。後から思えば、看護師に向いていると思われたのかもしれません。誘われるがまま入職したのが八王子市内の精神科病院です。
そこでは看護助手として働きながら奨学金をもらい、専門学校に通って准看護師、正看護師の資格を取得しました。その後も通信制大学に通わせてもらったりと、ここでの11年間は、学業と臨床とを行ったり来たりしながら自分の看護観やスキルを磨き上げた重要な時期だったと思います。
現在の職場は12年勤務している病院(永生会永生病院/八王子市)の認知症専門病棟です。日々、認知症の方々を中心にケアにあたっています。よく、認知症の看護は大変でしょう、と言われますが、そうでもありません。もちろん大変なこともありますが、それ以上の楽しさや喜びもあります。私自身が元来、人に興味があり、人と関わることが好きというのもあるのかもしれません。
新人看護師の頃、80代の統合失調症の方に20代の方と同じ教育プログラムを勧めてしまったため、その方の自信を失わせてしまったことがありました。当時はご高齢の方の特性を理解しておらず、配慮に欠けた介入だったと反省しました。これは失敗エピソードとして、今でも忘れられません。学習療法では、その方がラクラクできる教材をお渡ししますよね。学習療法導入施設を見学して、そのエピソードはますます強く思い出されるようになりました。
日々の看護の中でうれしいのは、やはり利用者さんから名前を呼ばれたときですね。『僕ジョン』でも認知症のエブリンさんが介護スタッフであるジョンの名前を思い出す場面がありますが、私自身、担当看護師として自己紹介をしていても、名前を呼ばれることは滅多にありません。そんな日々でも本当にごくたまに名前を呼んでもらえることがあるんです。そんな時は本当にうれしいです。
あと、病棟の仲間と一緒により良い認知症ケアを考え、実践できる喜びもひとしおです。医師・看護師・介護職員・リハビリスタッフも、それぞれの持ち前を生かして認知症を持つ“その人”がその人らしく過ごせるように日々ケアにあたること。その環境が整っていることが本当にありがたいと思っています。
指導者だった母と公文式学習の思い出
―公文式教室の思い出の中で印象深いことはありますか?
私が3歳の頃、母が自宅敷地内の建物で公文式教室を始めました。それまでは公衆衛生関係の研究者をしていたらしいのですが、同居の祖母の介護や育児もあり、両立を考えてのことだったと聞いています。母は、クリスマスの時期などに、生徒たちのためにいろいろ楽しいイベントを企画するような人でした。
私は学習をどんどん進めるタイプではなく、またコツコツできるタイプでもありませんでした。しかしある日、自分から「今日は100枚やる!」と宣言したときに、母は夜中の12時まで私に付き合ってくれて、やり遂げると大変ほめてくれたことを覚えています。また小学校に上がる前のことですが、教材をもらいに行く母に連れられて公文の事務局に行ったときに、公文の工作のドリルを買ってもらってうれしかった記憶もあります。
また、学習療法ではないですけれど、母は認知症になりかかっていた祖母に公文の教材をやらせてみようとしたこともありました。明治生まれの祖母には読み書きが難しく、結局断念してしまったのですが…。その後、祖母の認知症は進みましたが、のちに同居した叔父家族のユーモア溢れる介護の甲斐もあって104歳まで自宅で過ごし、天寿を全うしました。
私が14歳の時、家族で東京に引っ越したことを機に、母は教室をやめてしまったのですが、その後も近所の子を集めて勉強をみていたこともありました。晩年は持病で入退院を繰り返していましたが、病院で出会った若い患者さんに勉強を教えることもあったそうです。母は「公文の教材はね、素晴らしいんだよ」って、時々思い出したように言っていました。
母は去年の12月に亡くなったのですが、もし生きていたら「また公文さんとご縁があったよ」と話したかったです。私の息子も1歳から小学低学年まで近所の公文教室に通っていて、先生には何かと相談に乗ってもらいましたし、現在もつながりがあります。公文とは本当に長いお付き合いですね。
―公文式学習が現在の仕事や活動につながっていること、学習療法との共通点はありますか?
改めてふり返ってみると、自学自習の姿勢が身についたのは、公文式学習のおかげだと思っています。働きながら学校に行って資格を取るということができたのも、机に向かうことができ、そして自分でやりたいことを見つけ学んでいく姿勢があったからです。現在の看護師の仕事は専門職でもあり、日々自己研鑽が必要なのですが、そこにも公文の自学自習の姿勢がつながっているのではないかと思います。
公文式学習と学習療法との共通点は、できる、できたという喜び、そして達成感を感じられるところでしょうか。また私自身、母には無理に勉強をやらされたことがありません。息子もそうだったのですが、公文では一人ひとりのペースに合わせてもらえる。映画に出てくる方々も初めはとまどっているように見えましたが、無理やりやらされているという感じはなかったです。そういうところが学習療法含め、公文の共通点なのかなと思います。
また、このイベント活動を通じて、ありがたいことに認知症ケアに関連した活動をする方々と出会う機会が沢山ありました。認知症の非薬物療法には他にも様々な取り組みがあることを知りました。学習療法に限らず、歌や踊り、体操・回想法・アロマセラピーなど、全てにおいて言えるのは、人と人とのコミュニケーションが根底になくてはならないことです。本質にあるのは、「人が人を癒す」ということであり、それが認知機能の改善やその人らしく生きていくことへつながるのではないかと考えるようになりました。
b-ane-moneの今後の目標
―薮下さん、b-ane-moneの今後の目標は?
b-ane-moneは設立したばかりの市民団体です。まずは上映会に足を運んでいただいて、多くの人に認知症のことを知ってほしいと思っています。そして、この映画を入口として自分ごととして考えるきっかけにしてほしい。今現在も認知症と向き合っている人たちやこれから向きあう人たちと一緒に、認知症があってもなくても幸せに暮らしていくヒントをお土産に持って帰っていただく、それが私たちの一番の目標です。
その後の活動は未定ですが、イベントで出た収益を市内の認知関連団体へ寄付あるいは基金のような形で循環させることも考えています。個人的にはこのイベントが終わって落ち着いた頃、今度は認知症とは別のテーマで、自分達が気になる社会課題みたいなところに貢献できる活動ができたらと思っています。
また、今まで学問(=勉強)と臨床(=仕事)という2つのことを両立してきて、お互いが深まったことを感じています。医療機関での仕事と地域の活動とが、相互に良い影響を与えられるような働き方ができたら楽しいかなと、模索しているところです。
『僕ジョン』上映会は2024年9月21日(土)八王子市北野市民センターで同日3回予定されています。
b-ane-mone公式Facebook
上映の詳細と申し込みはコチラ→映画「僕がジョンと呼ばれるまで」八王子自主上映会 2024年9月21日(東京都) – こくちーずプロ
関連リンク b-ane-mone公式Facebook 八王子コミュニティ活動応援サイト はちコミねっと>b-ane-mone(b-ane-moneの由来はこちらをご覧ください) 『僕ジョン』予告編 学習療法センター学習療法の記録がドキュメンタリー映画になりました
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