平野 美優(ひらの みゆ)
三菱商事株式会社/三菱商事ファッション株式会社出向中。1993年生まれ、小学校低学年~中学3年生まで岡山県の公文式教室で算数・数学、英語を学習。大阪大学外国語学部在学中に、「トビタテ!留学JAPAN」1期生としてロシアへ留学、その後ウズベキスタンでのボランティア活動を経験。2017年から三菱商事に入社。繊維業界にて、企画・素材開発~生産~販売に至るまでの全バリューチェーンを担当し、現在はNAGIEのMD、マーケティング・ブランディングディレクションを担う。
コロナ禍で顕在化したアパレルの諸問題。小さくても本質的なことを目指した新事業
社長室長 徳永(以下、徳永):本日はよろしくお願いいたします。まず平野さんのこれまでのご経歴を伺えますか。
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平野美優さん(以下、平野):私は2017年に三菱商事に入社以来、一貫してアパレルに携わっています。最初はマーケティングやブランディング、その次は事業会社に出向してベトナムの縫製工場などでグローバルスポーツブランドの生産管理を行いながら、新規事業としていかにデジタルや新しい技術を取り入れていくかを考えてきました。また、これまで商社として自社ブランドを構えることはなかったのですが、川上から川下まで見てきた経験を活かしながら、コロナ禍にどのように貢献できるかを考える機会をもらいました。
一見華やかなアパレル産業の裏側で、労働問題や環境破壊につながっている部分を自分たちの言葉で伝えていきたい、自分たちにしかできないことをやっていきたいと考え、製品を売って終わりではない受注生産型で、循環を大事にする”NAGIE”というブランドを立ち上げ、現在も担当しています。
徳永:コロナ以前からブランドに対する構想はあったのですか? 入社何年目から取り組まれているのでしょうか。
平野:コロナ禍でアパレルのリテールにも大きな変化が起きましたし、生活者の皆さんも考える機会が非常に増えたと思うのですが、コロナが流行し始める半年前くらいから考えてはいました。入社3年目の終わりごろから、「社会に対する新しい貢献の在り方、事業の在り方を考えてみて」というお題を与えられたんです。そこからは毎日世界的なトレンドや色々な事業者を調べて、電話したり訪問したりと様々な方法でお話をきかせてもらって……という感じでしたね。
商社らしいプラットフォーム事業の運営も検討したのですが、そこに参加する生活者、ブランドや小売業の気持ちがわからないことには、自分たちへの役割期待も分からず、納得感も得られないと考えました。
小さくても本質的なことを正直にやっていきたいという想いから、まずは自社ブランドをかまえて市場・社会に直接向き合い、川上から川下まで責任を取るという商社ならではの形で事業構想をし、2021年3月に立ち上げたブランド”NAGIE”を現在も引き続き運営しています。
総合商社の強みを活かした循環型のビジネスモデル
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徳永:入社 3年目からそんなことを考えてみてと、任せてくれる会社もすごいですね。川上から川下まで全体を見られる機会ってなかなかないと思いますが、実際にそこをご覧になられてどうでしたか?
平野:当社はいわゆる大きくて伝統を重んじる企業として認識されていたと思いますが、刻一刻と変化する今、企業として変わっていかないとサステナブルではないという危機感は、社内にいてもすごく感じています。
全体を見てきた中で、当然たくさん学びもありましたが、ショックを受けることも多かったです。私自身ファッションとかアートとか、感性で楽しむものが元々好きだったのですが、海外の縫製工場に行ってみるとたとえばワンピースやTシャツ1枚を作るのに、襟を縫う人は襟だけ、袖は袖だけ、と数10人のラインで1日中作業をしています。更には生地ができる前には糸があって、その前にコットンがあって……とたくさんの人が関わっているのに、この10年くらいでどんどん製品の価格は安くなっていて、1枚500円くらいで売られているものもあります。
たとえ開発途上国でも、生活水準は上がっているはずなのに、洋服の値段が下がっているとしたら、「工賃が下がっているということ?」と疑問に思いましたし、これだけ多くの人手でつくられた洋服が大量に廃棄されている現実にも、苦しさを覚えました。現場を自分が見たからこそ、自分の言葉でブランドを通じて伝えることが大事だと実感したんです。ただ、商社はまだあまりB to Cビジネスになじみがないので、ブランドとかマーケティングとかは得意分野ではないんです。
Z世代とかミレニアル世代と呼ばれる人たちは、「本物」を見抜く力に優れ、実際にそういった情報を求めているので、表面的にサステナブルとかSDGsを謳うのではなく、たとえ初めから上手くなくても、正しい情報や自分が見てきたものを伝えなくてはいけないんじゃないかという使命感はすごくありました。
徳永:NAGIEの理念はRECYCLING SYSTEM、MADE TO ORDER、GOOD FOR MINDという3つのゴールに集約されていますね。
平野:世の中に対して何ができるかという約束事については、自分たちの会社だからできることをやらなくてはならないという想いと、もうひとつはCSRという形で終わらせるのではなく、SDGsとビジネスを掛け合わせて事業としてもサステナブル、つまり利益を生み出し続ける必要があると思っていました。
その二つを掛け合わせたときの自分たちの強みがまさに循環です。物を売るまでのサプライチェーンに責任を持ち、そして売った後の商品も再資源化してずっと循環させられるのは、総合商社として川上も川下も持っているからですし、一方でファッションはあくまでもファッションですから、感性に響くものである必要があります。「環境に良さそうだから」とか「貧困が可哀想だから」という理由で買っても、結局着ないならまったく本質的ではないですから、社内のマーケティングやブランディングに投資している分野、社外パートナーとも連携しながら、3つのゴールを目指していきました。
時間がかかる受注生産型は、本当に必要なのか考えるきっかけに
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徳永:じつは、私も購入させていただいて今日着ているんですよ、”NAGIE”。新鮮な体験というか、忘れていたものを思い返すことができたのですが、MADE TO ORDERというシステムは実際、お客さんが4週間待てるかというのがすごく難しいのではないかと思いました。しかし商品が到着したときには、袋もパンフレットもすべてリサイクルできる形で、徹底してこだわっていたのに非常に感動しました。中途半端に終わらせたくない想いが商品だけじゃなくて梱包にまでにじみ出ていると感じましたよ。
平野:そこに気付いていただけて光栄です。やるからには徹底的にやり抜こうと思っていたので、糸や生地だけでなく、ボタンなどの副資材も、梱包や販促物などの商品以外のものもそうしたかったんです。
今はオンライン運営のみでなかなかお客様と直接お話をする機会がない分、箱を開ける瞬間に感動を感じてほしくて。だけど加工するとこれまた環境に負担をかけてしまうので、加工せずとも箱が躍動感をもってうまく開くには?と考えて、紙を取り扱う別部署の先輩に相談していました。
実際、受注生産もすごく難しいです。私たち世代は注文すると翌日届くのが当たり前ですが、少し昔を振り返ると、日本の着物って一着一着、自分に合わせてオーダーメイドで数ヵ月待っていたはずですし、高い買い物だから本当に必要か考える習慣があったのだと思います。
まだまだ生産の仕組みは難しいですし、お客様に不便をかけてしまうかもしれませんが、そこを逆手にとって、大量に買って大量に消費するのではなく「本当に必要なのか」と考えてもらうきっかけにはなると考えていました。
徳永:私も公文式英語で使われるE-Pencilの製造過程を工場に見に行ったことがありますが、材料もたくさんありますし、半製品みたいなものもあるので、それぞれの材料メーカーを遡っていかないと、川上から川下まで全部見るのはすごく難しいと実感しました。
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平野:すべてを細かく見切るのは難しくて、自社だけではなかなか完結できません。
たとえば生地メーカーとコットンメーカーと、サプライチェーンや企業の枠を超えて全てを可視化できるようにしていくにはブロックチェーンや新たな技術が必要になってくると思いますが、日本ではまだそういったエコシステムが起こりにくいという課題があるので、海外の事例などをチェックしています。SDGsもですけど、どうやって社会全体をよくしていけるかを考える機会が教育の場にも入っていくと、よりスムーズに進行するのではないかと最近思うようになりました。
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