「2歳で自閉症という診断を受けましたが、よくここまで 成長してくれたなぁ、という感激でいっぱいです」 (お母さんの星先薫さん)
切り絵作家 星先こずえさん 公文式の学習は、3歳から高校3年生まで16年間続けた |
星先薫さん(こずえさんのお母さん) NPO法人コミュニケーション・アート理事 |
『一日千笑、苦あれば楽あり』 (くもん出版、2006年) |
キリンの大地 2012年 |
星先こずえさん(以下「こずえさん」)の「歩み」を下記にご紹介しています。ご覧になっておわかりのように、2008年に切り絵作家としてデビューしてから、順調な歩みを続けています。さらに2013年、2014年と2年連続で二科展デザイン部に入選という快挙も成し遂げています。まさに「順風満帆」という言葉がぴったり。
しかし、こずえさんの誕生から2年がたったとき、「自閉症という診断を受けた」とお話しすると驚かれるのではないでしょうか。あるいは、「こずえさんは高機能自閉症かアスペルガー症候群(いずれも知的おくれがないタイプの自閉症)*だったんですよね?」とお考えになる方も少なくないでしょう。けれど、お母さんである星先薫(かおる)さんの言葉をお借りすれば、「こずえはりっぱな中度の自閉症」だったのです。
*ここ数年の障害の診断基準の改訂により、障害の区分や呼称などが変わっていますが、 この記事では、こずえさんが診断を受けたころの障害の呼称で表記しています。
「医学的には一生治ることがない」と考えられている自閉症ですが、近年の調査や研究で「不断の療育や教育により、臨床的には治った」と考えてもよいような事例があることがわかってきました。こずえさんは、そのなかのひとりと言ってよいでしょう。それでも、「自閉症は誤診だったのでは?」と思われる方は、薫さんが書かれた『一日千笑、苦あれば楽あり』(2006年、くもん出版)をお読みいただければと思います。読みやすい文章で綴られていますが、とても濃い内容の“子育ての記録・成長の記録”です。その行間に刻まれた母子の汗・涙・笑い・喜びから、幼いころのこずえさんと、その成長ぶりをご理解いただけるはずです。
薫さんはこう話してくれます。「ふり返れば、よくここまで成長してくれたと驚くばかりですが、そのときそのときは、つぎの一歩、つぎの一歩と進んできただけです。一歩一歩は小さくても、ささやかでも、年月を重ね、成長を重ねると、“奇跡”の成長のように見えるのですね。こずえがここまで成長したのは、読み聞かせを含む読書と公文の学習があったからこそだと思っています」。
星先こずえさんの歩み
1985年福岡県久留米市に生まれる
2007年九州産業大学芸術学部美術科卒業。松澤造形教室に通い、洋画家・城戸佐和子先生に師事
2008年福岡県春日市にて「星先こずえ切り絵展」を開催
日本きりえ協会展(東京都立美術館)にて初入選
2009年総合学園ヒューマンアカデミー・グラフィックデザイン専科卒業
第7回大野城市まどかぴあ総合美術展にて『恐竜図屏風の前で』入賞
静岡県三島市にて個展開催
2010年福岡県福岡市にて個展開催
2011年第8回大野城市まどかぴあ総合美術展にて『Legend of Hero』入選
広島県広島市にて個展開催
2012年日中韓障害者文化交流展(釜山)へ出品
沖縄県那覇市にて個展開催
第61回久留米市総合美樹展にて『キリンの大地』入賞
2013年福岡県福岡市にて切り絵作品集『お伽猫紙』出版記念個展開催
第9回大野城市まどかぴあ総合美術展にて『百年後のサクヤ姫』入選
国際切り絵コンクール・イン・身延ジャパンにて『求愛』入選
第98回二科展デザイン部にて『Roaring tiger』入選
第34回筑後市美術展にて『緑の牛』入選
日本きりえ協会展 in ドイツ・フレーデンに『骨の華』を出品
2014年第48回福岡市美術展にて『夜明け前の疾走』入選
第99回二科展デザイン部にて『学びは永遠に』入選
[所属] 日本きりえ協会会員 / 大野城市文化連盟洋画部会員 / 大野城市美術協会会員 / NPO法人コミュニケーション・アート会員
独創性あふれる技法と作風、読書に裏打ちされた豊かな知識 これが魅力的で不思議な作品が生まれるミナモト
城戸佐和子先生(こずえさんが師事する洋画家) NPO法人コミュニケーション・アート代表・理事長 |
骨の華 2012年 |
Roaring tiger 2013年 |
東京で個展を開くのは、ほかの都市とはちょっと違います。(こずえさん)
Q: 東京での個展に向けての抱負は?
A: 東京は美術館の数がとても多く、建物や公園など街のいたるところにアートがあふれています。それだけ、個展に来られるお客さんたちの眼も肥えているでしょうから、ほかの都市で開くのとはちょっと違うのではないかと思います。とても楽しみです。
Q: 作品にはネコが多いようですが?
A: ネコ自体が芸術かつ身近な存在だからです。獲物を捕らえることに特化されたしなやかな肉体、丁寧に身づくろいされた柔らかな毛並み、こちらを見定めるようにまっすぐ向けられる両眼はミステリアスな輝きに満ちて、ときにキュウと閉じたまぶたは仏像のごとく穏やかで優しく見えます。
独創性あふれる技法と作風に、わたしもすごく驚かされています。(城戸先生)
Q: 城戸先生が主宰される松澤造形教室に来てからのこずえさんの成長ぶりは?
A: 2007年にわたしの教室に来たのですが、デッサンや構図は初めからしっかりしていました。でも、何をさせたらよいかは試行錯誤の連続でしたね。そんなある日、切り絵を試してみたところ、とてもユニークな作品を仕上げたので、こずえさんには切り絵が向いていると思いました。材料となる色紙も、「和紙を自分で染めてみれば」とアドバイスしたところ、和紙にクレヨンで線描きしたあと、アクリル絵の具で染めるという独特の技法を編み出しました。さらに、それをハサミではなく、カッターで細かくカッティングしたものを貼り込むという、独創性あふれる技法と作風で制作しています。構図も斬新ですし、日本のなかだけでなく、世界のなかで見ても、オリジナリティが髙い作品が多いと思います。さらに、いまは作品を作るだけでなく、障害のある後輩たちに絵の指導もしているのです。これにも驚いています。
Q: 「こずえさんの作品には読書が活かされている」とうかがいましたが?
A: こずえさんの作品には、着物・鎧兜・お伽噺・浮世絵・恐竜など、歴史や時空を超えて様々な事物が登場します。また、独特のアイロニーなどもテーマになっているのは興味深いところです。それらを描くときは、細部までしっかり表現したり、時代考証もきちんと織り込みながら、作品に取り組んでいるのも素晴らしいと思います。知識の量が半端ではないのですね。これは一朝一夕にできることではないので、小さなころからの読書のたまものだと思います。
たくさんの人たちとの出会いに導かれています。(薫さん)
Q: 公文式の学習は、現在の切り絵作家の活動にどう役立っていますか?
A: そうですね、大きな作品だと完成までに何か月もかかることもあり、長い期間集中してやり遂げる力が必要です。公文でプリントを100点に仕上げるということを十数年続けてきましたから、やりぬく、仕上げるという基本的なところが、からだの一部のようになっているのでしょうね。
Q: 切り絵作家として生きているこずえさんを見て、どう思われますか?
A: さきほども申しあげましたが、正直、ここまでこずえが成長してくれるとは思ってもいませんでした。ただ、自閉症、それも軽くはないレベルの障害があったので、ふつうに会社に勤めたりはできないだろうと思っていました。高校生のころ、絵に興味があるようなので、デッサンの個人教授をしてくれる先生についたのが、いまの切り絵作家の原点なのかもしれません。ふり返ってみれば縁とは不思議なもので、小さいころからお世話になった各地の公文の先生方、高校生のころのデッサンの先生、大学や専門学校の先生方やお友だち、城戸先生を紹介してくださった自宅近くの喫茶店のご主人、そして城戸先生。こずえとわたしのがんばりだけでは、ここまでは来れなかったでしょうね。たくさんの人たちとの出会いでこずえは一歩一歩成長し、切り絵作家という道に導かれたような気がします。いま、みなさんへの感謝の気持ちでいっぱいです。
現在のこずえさんは、初対面の人でなければ、長時間でなければ、ふつうに会話ができます。楽しいおしゃべりもできます。一方、作品を制作しているときの凛としたたたずまいは、芸術家らしい雰囲気を周囲に醸しだしています。そんなこずえさんを見ていると、周りの人たちからしても、お母さんの薫さんからしても、そして本人も、「自閉症という存在」はどんどん小さくなっているように思えます。
東京での個展の成功と世界に羽ばたくことを願いつつ、ペンを置きます。
星先こずえ 江戸へ行く展
2015年3月27日(金)~4月1日(水)
11:00~18:00 ※最終日は16:00まで
会場:アートギャラリー道玄坂
東京都渋谷区道玄坂1-15-3 プリメーラ道玄坂102 ℡03-5718-2101
(会場地図は関連リンクからどうぞ)