正月2日の夜に見る夢を「初夢」といいます。初夢はその年の吉凶を占うもの。今も昔も「よい初夢」を見ることができるのかどうかは、人々にとっての一大事です。 そこで昔からよい初夢を見るために行われてきたのが「枕の下に宝船の絵を敷いて寝る」という風習でした。
「宝船うり」の姿 (『絵本風俗往来』より) |
江戸の庶民の日常生活や風習を記録した史料『江戸府内 絵本風俗往来』には「初夢」という項目があり、2日の昼過ぎから「お宝お宝ェー、宝船宝船」という呼び声を上げて宝船の絵を売り歩く「宝船売り」のことが記されています。
「宝船を売る」ことは「幸福を得(う)る」ことにつながる縁起事。そのため商店の若旦那が宝船の絵を売り歩くこともあったそうです。
どんな時でも洒落っ気と縁起担ぎを忘れない江戸っ子らしいエピソードですね。
それでは今回の浮世絵「しめ縄子供宝船」(三代歌川広重画、明治21年/1906年)を詳しく見ていきましょう。
宝船売りが売り歩いた宝船の絵は、紙に墨一色で摺られた簡素なものだったようですが、こちらは大判3枚続(約38×78センチ)の大画面。明治時代ならではのカラフルな浮世絵です。
しめ縄でつくられた宝船に乗るのは、幸せを運ぶ七福神。しかも「子宝」とも呼ばれる子どもたちが扮した七福神となれば、おめでたいこと限りなしです。
子どもたちの手には、羽子板や鯛車、小槌など、子どもの幸せと健康を願うおもちゃがたくさん握られています。そして船の上には、松飾りに赤サンゴ、海老や鶴に鯛車と、縁起物があふれんばかり。
正に縁起物の大展覧会。見ているだけで幸せがやってきそうです。
宝船のおもちゃで遊ぶ子ども 「見立 福人子宝冨根(宝船)」 (三代歌川豊国、弘化頃)部分 |
さて、この絵の上部には歌が書かれています。読んでみましょう。
永き日の 春のあそひの みなみたて なみのりふねの 子供よきかな
文字通りに意味をとれば、この絵に描かれたもの(さまざまな見立てが込められた正月遊びと一緒に船に乗っている子どもたち)を表現した歌です。
しかし、この歌には本歌(ほんか/元となった歌)があります。それがこちら。
長き夜の 遠の睡りの 皆目醒め 波乗り船の 音の良きかな
こちらは昔から宝船の絵とセットで親しまれてきた定番の歌なのですが、この歌にはちょっとした秘密が隠されています。秘密を解くカギは「言葉遊び」。
この歌の読みを仮名で書いてみると、その秘密がわかります。
ながきよの とおのねぶりの みなめざめ なみのりぶねの おとのよきかな
いかがでしょうか?
正解は「前から読んでも後ろから読んでも同じ」でした。
このような文を回文(かいぶん)といいます。回文は「前からも後ろからも読める=終わりがない、永遠と続く」ということで、やはり縁起物なのでした。
今回は「初夢」にまつわる風習や縁起担ぎについてご紹介しましたが、このように江戸の人たちは縁起を担ぐのが大好きでした。
そんな江戸の人たちの気持ちに、現代の私たちが一番近づくことができるのが年末年始かもしれません。
年越しそばや除夜の鐘、初詣におせち料理、松飾りに鏡餅、お年玉に双六遊びなどなど。
現代の年末年始にも、江戸の人々も願をかけていた縁起物や縁起事がたくさんあります。
みなさんも楽しい縁起物をたくさん準備して、よい新年をお迎えください。
※記事内で掲載している画像は全て公文教育研究会所蔵の史料です。
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