井戸端は地域社会の社交場
かつて地域で共同利用されていた井戸は、ご近所さんが顔を合わせる機会を演出する、地域社会の大切な舞台装置でした。蛇口をひねれば水が出てくる生活が当たり前になり、共同井戸を目にすることもまれになった今の日本でも、人々が集まって、たわいもない世間話に花を咲かせている様子を表す「井戸端会議」という言葉にその名残をとどめています。
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この浮世絵のタイトルは「雪のあした(朝)」。元旦の井戸端の風景です。画面右の井戸には松の内に飾る注連飾り(しめかざり)が巻かれています。この作品が作られた文政6年の元旦は、現代の暦では2月上旬の梅の季節。人々の頭の上には、ほころび始めた梅の花が見えます。
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それでは浮世絵の中に描かれた人々に目を移してみましょう。
描かれている大人のほとんどは女性ですが、井戸の中に竹竿をさして水を汲むのは男性です。かつて元旦に汲んだ水は若水(わかみず)とよばれ、邪気を払う水として神棚に供えたり、家族の食事に用いたりする風習があり、その若水は正月行事を取り仕切る役の男性が汲むこととされていました。ちなみにこの男性のことを年男(としおとこ)と呼びますが、現在よく使われる「迎えた年の干支と自分の干支が同じ男性」という意味はありません。
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そして大きな画面の中で私たちの目を惹くのは、やはり子どもたちです。雪の積もった寒い冬の朝でも、じっとしていることのない元気な子どもたちが、思い思いの姿で描かれています。
紐でぶらさげた丸い氷を掲げる男の子、ふるいを口にくわえて竹馬に乗る職人の子、妊婦さんにおんぶされた赤ちゃんも見えますね。画面中央下の子守をする娘さんの手には羽子板が握られていますが、正月の羽根つきには厄払いの願いが込められています。
ところで、おつかい途中の小僧さんに雪玉を投げつけたのは誰でしょう?
子どもがいるところに自然と人は集まり、そしてにぎわいが生まれます。昨今のコロナ禍でにぎやかな井戸端会議はご無沙汰しているという方も多いと思いますが、地域ににぎわいを取り戻すきっかけとなるのは、やはり子どもたちの元気な姿ではないでしょうか。
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くもん子ども浮世絵ミュージアム