Vincent Tremeau(ヴァンサン・トレモー)
1984年フランス生まれ。大学で法律を学び弁護士として活動後、写真家に転身。アフリカ大陸を中心に、人道的危機に直面している難民の子どもたちなどを多く撮影。現在はイタリア・ローマを拠点に世界各地で撮影を続けている。
子どもたちの未来の可能性にフォーカスする
「おとなになったら」プロジェクトは、2014年、内戦下の中央アフリカ共和国で出会った子どもたちがきっかけとなってスタートしました。
子どもを含む多くの人々が、安全を求めて教会で生活していました。殺されるかもしれない恐怖の中、食べ物も満足にない状況で、人々は絶望していました。それはとても悲しい状況でした。一方で、ヨーロッパから撮影に来た白人のカメラマンが珍しかったのでしょう。カメラを持つ私の後を、たくさんの子どもたちがついてきました。「撮って撮って」と言いながら。

写真:Vincent Tremeau、© Vincent Tremeau
この子どもたちの状況をどうしたら世界に伝えられるか。それもただ同情を誘うような悲惨さをなるべく見せないためにはどうしたらいいだろうか。人道的危機にある子どもたちの尊厳を失わず、未来の可能性にフォーカスする形で写真に収めたい。そんな気持ちから、私は彼らとちょっとしたゲームをすることを思いつきました。
「写真に写りたいなら、あなたが大人になったときに何になりたいか、何をしたいかを教えてほしい。1時間でそれを見つけてほしい。教会の敷地内で見つけられるもの、衣装でも何でも、あなたが大人になったときに何になりたいかを表すものを見つけてきてほしい。ルールはひとつ、お金をかけないこと」
そして1時間後、戻ってきた子どもたちの姿は、私の想像をはるかに超える素晴らしいものでした。最初の女の子は、こう言いました。
「私は教師になりたい。なぜなら私の学校は壊れてしまったから。私はもう学校には行けないの。学校がすごく恋しい」

写真:Vincent Tremeau、© Vincent Tremeau
別の子どもはプラスチックのボールを持ってきて、「これはダイヤモンド。僕はダイヤモンドを見つけたいんだ」と言いました。これにはいささかショックを受けましたね。中央アフリカ共和国では、子どもが学校に通って勉強に励むことより、ダイヤモンドを掘り当てて一攫千金を得ることを奨励するような言葉があるそうですが、まさに、学校に行くよりダイヤモンドを探したいと語る子どもに出会ったわけですから。子どもたちのいる環境は、その子たちの未来や希望に大きな影響を与えていることに気がつきました。

写真:Vincent Tremeau、© Vincent Tremeau
数か月後、コンゴ民主共和国で出会った20人ほどの少年たちは、全員が兵士の格好をして手づくりの銃を構えて私の前に現れました。彼らは口々にこう言いました。
「兵士が家に来て父さんからお金を奪ったんだ。兵士になれば人からお金を奪ってもいいんでしょう?」「国連の平和維持部隊の隊員とはサッカーをして遊ぶんだ。彼らは友達で、僕も彼らのようになりたい」
日常生活の中で目にするほとんどの大人が兵士だから、そこにいる子どもたちもまた、兵士になりたいと思うのです。

写真:Vincent Tremeau、© Vincent Tremeau

写真:Vincent Tremeau. © Vincent Tremeau.
その後、シエラレオネ、ギニア、リベリアなどの西アフリカ諸国も周りました。ちょうどエボラウイルスが大流行している時期で、両親を亡くした多くの子どもたちにも会いました。彼らのうちの何人かが、「人を救いたいから医者になりたい」「私を治してくれた医者のようになりたい」と話してくれました。私は彼らから希望をもらいました。環境が子どもたちに良い影響を与える瞬間を再び見たからです。
このように、撮影で訪れた先々で素晴らしい志を持った将来有望な子どもたちに出会えたことで、「おとなになったら」は10年続くプロジェクトになり得たのです。私はニジェールやイラク、ネパールなど、20か国以上を訪れて、人道的危機に面している子どもたちの夢を撮影し続けています。
能登半島で日本の子どもたちの撮影が実現
国連人道問題調整事務所(OCHA)から、大阪・関西万博での写真展開催を打診された時、日本でも同様の撮影ができたら非常に興味深いと思いました。もちろん、私がこれまでに訪れた多くの開発途上国と日本は違います。とくに東京にいると、私が今住んでいるイタリアよりも20年先にいるかのような近未来感さえ感じます。しかし、日本にも、自然災害の影響で困難な環境にいる子どもたちはいます。今回、KUMONの協力を得て、地震と豪雨により大きな影響を受けた能登半島の子どもたちの撮影が実現したことは素晴らしいことでした。

東京から珠洲市を訪れた初日は、大きなショックを受けました。昨年、ウクライナとロシアの国境地帯で爆撃を受けた街を取材しましたが、その時と同じような気持ちになりました。多くの家屋が倒壊したままで…。雪を冠した山々という自然美とのコントラストが忘れられない光景です。そして別の学校の教室を使用して授業を受けている子どもたちがいました。
そのような中に簡易の撮影スタジオを用意して、能登の子どもたちに例のドレスアップをして集まってもらうと、ここでもまた、他の国で起きたのと同じ奇跡が起こりました。ええ、それは本当に奇跡と呼べるものでした。

写真:Vincent Tremeau、© Vincent Tremeau
消防士の格好をした6歳の男の子と7歳の女の子がやってきました。消防士や警察官というのは、私が生まれ育ったヨーロッパではその年頃の子どもたちにとってお馴染みの将来の夢なんです。きっと日本でもそうですよね? でも、私はこのプロジェクトを始めて10年間、アフリカ諸国や中東で出会った子どもたちの誰一人として、将来消防士になりたいという夢を語った子どもはいませんでした。理由はシンプル、彼らの身近に消防士がいないからです。インスピレーションを与えてくれる人がいなければ、夢見ることもできません。
消防服に身を包んだ少女は、言いました。「私は消防士になりたい。私のお父さんが消防士だから。地震の後、お父さんは人々を探し、命を救うために夜通し働いたんです。お父さんは私のヒーローです」

地震のあと、友達と離ればなれになっちゃって、もう一緒に住んだり学校に行ったりしてないんです。もしできるなら、みんなを集めてアイスを分けたいです。一緒に座って、食べて、あの頃みたいに感じられたらいいなと思います」
写真:Vincent Tremeau、© Vincent Tremeau
震災で離れ離れになってしまった同級生たちに、おいしいアイスクリームを作ってあげたいからアイスクリーム屋さんになりたいと願う小学生もいました。彼らが語る希望の兆しは、まるで砂漠の真ん中に咲くバラのように美しいと私は感じました。
能登での撮影を通して、私はまた、教育の力というものも感じ取ることができました。教育の形は、必ずしも教科書によるものだけではありません。それは写真家としての私の信念にも通じるものですが、私は写真家であると同時に、教育者でもあると自分自身を捉えています。こういうふうに考えるのは、祖母や叔父、叔母が数学教師という家系も影響しているのかもしれません。
自分の作品で、人道的な問題への関心を高めたいという思いを持ち続けています。そして、それは私が日本でこのプロジェクトを通じて望んでいることでもあります。作品を見て、何が起きたかを忘れないでいること、さらに、問題について考えてもらうきっかけになればと願っています。
主役である子どもたちに「声」を与えたい

写真:Vincent Tremeau、© Vincent Tremeau
若い世代に教育を提供することが重要です。教育の機会を与えれば、彼らはきっと、今度は与える側になるでしょう。実際に、能登ではそのような光景を目にすることもできました。一人の女の子が大工の格好をしてきて、「大人になったら家を建てたい」と言ったのです。多くの家が倒壊しているのを見た後で聞いた彼女の夢は、非常に強いメッセージとして私の心を打ちました。
もちろん、すべての子どもたちが地震に関連する何かをしたいという夢を持つわけではありません。子どもたちに大きくなったらなりたい職業を聞くこと、そしてその衣装を着た子どもたちの写真を撮るという私のこのプロジェクトの目的は、彼らをトラウマの中に置き去りにすることではありません。
また、私は彼らの夢に干渉したり、影響を与えたりすることもしたくないと考えています。子どもたちはありのままの姿で来ればいい。主役は子どもたち。その子どもたちに私は、「声」を与えたいと思っています。自分の気持ちや望んでいること、何を考えているのかを世界に向けて伝えられるように。

写真:Vincent Tremeau、© Vincent Tremeau
能登ではまた、非常に印象深い少女にも出会いました。彼女は普通の格好で現れて、こう言いました。
「私は何になりたいか話すのを強制されたくない。今はまだ決めてないけど、選択肢はほしいと思っています」
私は彼女に「君は好きなことをしていいんだよ。何にでもなれるのだから」と返しました。教育を通じて学び、想像力を育むことで、何でも成し遂げられる、誰にでもなれるというメッセージを子どもたちに伝えることは、教育者として素晴らしいことだと思います。
このプロジェクトの魔法は、子どもたちが写真の中からオーディエンスに語りかけることです。写真を見た親や大人も、感じるものがあるでしょう。写真というアートを通じたコミュニケーションは、遊び心にあふれた楽しいものです。ですからぜひ、写真展にはお子さんと一緒に足を運んでください。

作品は、親子の会話を引き出すための素晴らしいツールです。先生と子どもが一緒に来ていただくのも良いですね。会場では子どもとたくさん会話をして、自分が何になりたいかを考えさせるきっかけにしてください。さらに深く掘り下げて「なぜ?」とたずねて、幼い頃から自分にポジティブな影響を与えてくれた人物について思いを馳せてもらうことができれば最高ですね。
10年前に始めたプロジェクトは、とくに資金調達の面で苦労してきました。しかし、まだまだ訪れたい国と地域があります。日本国内でも、東京や大阪といった都会の子どもたちの夢を聞いて、能登の子どもたちとどう違うか比較するのも興味深いですよね。
戦争の状況次第ですが、ウクライナには行きたいと考えています。朝鮮半島での撮影にも関心があります。韓国は非常に発展していて、その文化は今や世界に影響を与えていますよね。では、北朝鮮はどうか。両国の子どもたちの夢を聞いてみたい。未来は子どもたちの手の中にあるのだから、私のプロジェクトがより良い社会、より平和な未来につながるかもしれない。

これまでに撮影してきた子どもたちを再訪したいという希望もあります。夢や目標というのは進化するものです。以前と同じ目標を持ち続けているのか、さらに進化した夢を追っているのか。あるいはすでに夢を叶えているのか。「One Day, I Will」と夢を語ってくれた子どもたちの5年後、10年後の姿を見られることも大きな楽しみとなっています。
2025年大阪・関西万博 国連パビリオン特別展示:
世界の人道危機の現場から~写真展「One Day, I Will(おとなになったら)」
場所:大阪・関西万博 国連パビリオン内特別展示スペース
国連パビリオン(大阪・関西万博公式ウェブサイト)
関連リンク
“One Day, I Will” OCHAウェブサイト(英語) 大阪・関西万博国連パビリオン(国連公式ウェブサイト)(英語)