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Vol.088 2026.03.03

特別対談 
歌舞伎役者 中村壱太郎さん×二代目市川青虎さん

<前編>

歌舞伎を「絵本」で届ける理由と
映画『国宝』が変えた景色

歌舞伎役者 中村壱太郎さん×二代目市川青虎さん

「伝統芸能」と聞くと、敷居が高く、どこか少し遠い世界の話だと感じるかもしれません。しかし、日本が誇る伝統芸能・歌舞伎の芸を紐解けば、その根底には公文式と同じく、驚くほど地道で真っすぐな「基礎の積み重ね」がありました。
今回お迎えしたのは、歌舞伎界の次代を担う女方・中村壱太郎さんと、圧倒的な実力で舞台を支える二代目市川青虎さん。お二人が舞台の外で初共演した、くもん出版の絵本「見て 聞いて まねして 楽しむ 歌舞伎絵本」シリーズ最新作『黒塚(くろづか)』の制作秘話から、社会現象となった映画『国宝』にまつわるエピソードまで、たっぷりとお話を伺いました。

目次

    中村 壱太郎(なかむら かずたろう)

    東京都出身。歌舞伎俳優。日本舞踊吾妻流七代目家元・吾妻徳陽。父は四代目中村鴈治郎、祖父は四代目坂田藤十郎。母は二代目吾妻徳穂。『曽根崎心中』のお初、『金閣寺』の雪姫など、女方を中心に活躍する。吾妻徳陽の名前で日本舞踊家としても活動。また、アニメ映画『君の名は。』の劇中に登場する巫女舞の創作・振付や、映画『国宝』の所作指導も手がける。2025年「Forbes JAPAN CULTURE-PRENEURS 30」を受賞。

    市川 青虎(いちかわ せいこ)

    東京都出身。歌舞伎俳優。1993年、国立劇場<市川右近の会>『勧進帳』の太刀持ちとして、三浦弘太郎の名で初舞台。1995年に三代目市川猿之助(現・猿翁)の部屋子となり、市川弘太郎を名乗る。2022年、歌舞伎座『新・三国志 関羽篇』の諸葛孔明で二代目市川青虎を襲名。演出や自主公演にも精力的に取り組む。

    「かつらや衣装がなくても、歌舞伎は届けられる」
    コロナ禍で生まれた逆転の発想

    中村壱太郎さん

    中村壱太郎さん(以下、壱太郎):歌舞伎絵本は、この『黒塚』で4作目になります。私が文を担当し、声は毎回歌舞伎役者さんにお願いしており、今回は青虎さんに担当していただきました。青虎さん、読み聞かせを引き受けてくださり、本当にありがとうございました。ふり返ると、コロナ禍で舞台がすべてなくなってしまった2020年4月が始まりでした。

    市川青虎さん(以下、青虎):私たち役者にとって、あの時期は本当につらい時間でしたね。でも壱太郎さんは止まらなかった。最初は松本幸四郎さんたちと「紙芝居歌舞伎」をつくって、NHK Eテレで放送されていましたよね。

    壱太郎:はい。それまで私ら歌舞伎役者は、化粧をして、かつらを掛けて、衣装を着ないと歌舞伎ができないと思い込んでいたけれど、紙芝居や読み聞かせなら、身体ひとつで歌舞伎のエッセンスを届けられる。そう気づいたんです。

    ※歌舞伎のかつらは頭に「被る(かぶる)」というより、専用の構造を「掛ける」ことによって安定させる、専門性の高い技術に基づいた言い方となっています。

    青虎さんはその頃に「不易流行プロジェクト」を立ち上げて、古典芸能がもつ芸術性と娯楽性を現代人向けにアレンジして提供するというミッションに挑まれていた。皆が皆、何もできない状況でも、何かを届けたい一心で動いていました。そんなときに、紙芝居歌舞伎を観たくもん出版さんからお声がけをいただき、この歌舞伎絵本のプロジェクトが動き出したというわけです。

    市川 青虎

    青虎:私も一作目の『茶壷』が発売になった頃から注目していました。実際に絵本を手に取ってみて、「歌舞伎と絵本って、なんて相性がいいんだろう」と驚きました。歌舞伎はファンタジーの要素が強いですし、一枚の絵としての美しさがある。今まで誰もトライしなかったのが不思議なくらい、しっくりくるコンテンツですよね。

    それに最近は大人の間でも絵本がブームらしいですね。子どもの頃に読んだ絵本を改めて読み直したり、友だちにプレゼントしたりする人が多いらしいです。だから歌舞伎絵本は、時代に即した非常におもしろい試みだと思ったことを覚えています。

    壱太郎:私自身、制作の過程で様々な発見がありました。最初は「絵本=子ども向け」という意識が強かったんですが、いざ調べてみると、絵本って実は、すごく大人向けの側面もあるんですよね。私たちが読んでもハッとするような文学的な深みや、時にはゾッとするような怖さがあることを知りました。

    そして、長い舞台ともなれば1時間以上かかるお話を、絵本という形でまとめる作業を通して、その歌舞伎作品がもつ「一番伝えたいメッセージ」が明確に見えてきたんです。奇しくも、これまでの4作は私が主役をしたことのない演目だったので、いい意味で俯瞰して作品を見ることができました。一作ごとに大きな学びの機会になっています。

    青虎:絵本の総指揮官である壱太郎さんがそうやって作品を深く掘り下げてくれているからこそ、読み手として参加した私たちも、安心してその世界観に飛び込めたんです。

    20年来の絆で挑んだ
    絵本版『黒塚』の舞台裏

    壱太郎:一作目の『茶壷』は喜劇、二作目の『狐忠信』は動物もの、三作目の『恋するお三輪』で女方の物語をピックアップしてきて、さあ次はどうしようか…と考えていたところ、怪談がいいんじゃないかという話になりました。

    中村壱太郎さん × 市川青虎さん

    今回の『黒塚』はこれまでの作品と少し毛色が違い、人間がもつ怖さや悲しみが描かれている作品です。読み手を誰にお願いしようかと考えたとき、やっぱりこの作品は澤瀉屋(おもだかや)のお家を代表する演目であり、青虎さんにぜひやっていただきたいと思い、オファーしました。

    青虎:「ついに『黒塚』が来たか!」と身が引き締まりましたね。子どもの頃からずっと見てきた大切な演目ですし、ようやく、私自身も舞台に出してもらえるようになった作品ですから。でも、この話も絵本にできるのか!という驚きもありましたし、これをどう絵本にするんだろう?と思いました。

    壱太郎:たしかに、入門編としては少しハードルが高いイメージがありますよね。でも、今回絵を担当してくださった寺門孝之さんの、あの絵画のようなタッチを見たとき、この『黒塚』ならいけると確信したんです。人間の表情がリアルすぎない分、読者の想像力に委ねる余白がある。

    青虎:舞台の上では演者の身体表現のみで終わるところを、絵本になると、イラストレーターが作品から得たインスピレーションをイラストに起こして、読者に伝えていく工程が入ります。だから、役者が演じるときはこんな顔しないかな、なんて表情が描かれていたりして。これが絵本のおもしろいところですね。

    黒塚の表紙  
    『黒塚』(2026年3月12日刊行予定)
       

    壱太郎:声の収録では、青虎さんの読みを聞きながら、もっと現代の人に伝わりやすい言葉はないかと、その場で表現や言い回しを調整したりもしました。青虎さんとは、もうかれこれ20年近くご一緒にお芝居をさせていただいてきた間柄なので、私がイメージすることをすぐに汲み取ってくださり、逆に私が気づかない部分も指摘してくれました。そのおかげで収録はすごくスムーズでした。

    青虎:多くを語らなくても、お互いに意図するところがすぐに伝わりましたので。どこまで実際の歌舞伎のせりふ回しに寄せるのか、絵本としてちょうどいい塩梅を探るのがひとつのテーマでもありました。

    とくに意識したのはテンポと発声です。老女が糸繰り歌に託し、哀れな身の上を語る前半の場面はゆっくりと、でもあまり遅すぎないように。情景や心情は残しつつも、聴いている人が心地よく感じるテンポを目指しました。一方、鬼としての正体が露わになる後半の場面では、音源として聴いたときに「うるさすぎず、でも圧がある」絶妙なラインを、壱太郎さんと探っていきました。

    その甲斐あって、悲哀と恐怖が混ざり合う『黒塚』独特の空気感が、この1冊に見事に凝縮されたと思います。

    映画『国宝』がもたらした
    歌舞伎の新しい風

    壱太郎:最近は映画『国宝』の影響もあって、これまで歌舞伎に触れたことがなかった方が劇場にたくさん来てくださっているのを実感します。ありがたいことです。

    青虎:私も友人から久しぶりに連絡がきたと思ったら、「昨日、『国宝』見たよ!」っていう報告でした。まさに社会現象ですね。すごいことだと思います。壱太郎さんは日本舞踊家・吾妻徳陽として、吉沢亮さんや横浜流星さんの所作指導をされたんですよね。

    壱太郎:はい。私は舞台上での座り方や動き方など、いわば実践部分を担当しました。所作はもちろんですが、一番大変だったのは声ですね。一人ひとり、声帯にも個性があります。吉沢さんと横浜さん、それぞれの地声の魅力を生かしながら、いかに女方としての発声をつくり上げていくか。歌唱指導の飯泉佳一さんのお力を借りながら声づくりをしましたが、お二人の「役になりきる力」には、私の方が圧倒されました。

    青虎:ゼロから女方の発声を教えるって、想像を絶する難しさだと思います。私たちは子どもの頃からの積み重ねで基礎がありますが、彼らは違う。壱太郎さんのお父さまの(中村)鴈治郎さんとも話していたんですが、吉沢さんや横浜さんがやっていることは、私たち歌舞伎役者が「明日からプロのバレエダンサーとして『白鳥の湖』を踊れ」と言われるようなものなんですよ。それをあそこまでやり遂げるのは、並大抵の努力ではできません。

    中村壱太郎さん × 市川青虎さん

    壱太郎:そんな情熱が映像を通して伝わったからこそ、たくさんの人の心を動かしたんじゃないでしょうか。『国宝』の大ヒットが歌舞伎界にも波及して、今、新しい波が来ています。でも、この波を一過性のブームで終わらせちゃいけない。今一度、古典を磨き直すこと。同時に、新しい挑戦を続けること。このふたつを積極的に打ち出していけば、歌舞伎の可能性は更に広がっていくと思います。

    青虎:私たち役者の責任は、劇場に来てくれたお客さんに「もう一回観たい!」と思ってもらうことですから。この絵本をきっかけに劇場へ来てくれるお子さんや親御さんを、最高の舞台で迎えたいですね。

    壱太郎:私は先月、『あらしのよるに』という絵本が原作の舞台に出演しましたが、このくもん出版さんの歌舞伎絵本シリーズは絵本そのままの演目で公演できますね。親子で観劇できる「くもん歌舞伎」なんて、ぜひ一緒に実現させたいですね(後編につづく)。

    ■花形歌舞伎 特別公演『曽根崎心中物語』
    2026年3月3日(火)~25日(水)
    花形歌舞伎 特別公演|南座|歌舞伎美人

    関連リンク 茶壺 | 絵本・児童書,絵本,小学中学年におすすめ,見て 聞いて まねして 楽しむ 歌舞伎絵本 | | KUMON SHOP 狐忠信 | 絵本・児童書,絵本,小学中学年におすすめ,見て 聞いて まねして 楽しむ 歌舞伎絵本 | | KUMON SHOP 恋するお三輪 | 絵本・児童書,絵本,小学中学年におすすめ,見て 聞いて まねして 楽しむ 歌舞伎絵本 | | KUMON SHOP 中村壱太郎 | 歌舞伎俳優名鑑 現在の俳優篇 中村 壱太郎 ( Nakamura Kazutaro )(@Rinta0803)さん / X 中村 壱太郎 (@nakamurakazutaro) 市川青虎 | 歌舞伎俳優名鑑 現在の俳優篇 不易流行|古典芸能プロジェクト(@fuekiryuko_ent)さん / X 市川 青虎 (@ichikawa_seiko.second) 歌舞伎俳優・中村壱太郎(なかむら・かずたろう)さんが子ども向け歌舞伎絵本を出版! | KUMONメディアルーム

     

    中村壱太郎さん × 市川青虎さん  

    後編のインタビューから

    -基礎を固めた先に、新しい世界が広がる
    -必要なのは「見守る」トレーニング 子どもの意思を尊重し、別人格として向き合う
    -親子で「推し」を見つけ、ありのままの歌舞伎を楽しんで

    後編へ続く(近日公開)

     

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