「英語入門」という名の
デタラメ英語浮世絵
突然ですが、問題です。以下の英文を和訳してみてください。
“His boy dog see and Bow wow say can but you how do can!”
“No I pet cat has!”
どうでしょうか?わかりましたか?
この浮世絵のタイトルは「リードルおしへぐさ」。「リードル」とは“Reader”、すなわち英語の学習に使う教材のこと。そして「おしへぐさ」(教草)とは当時、入門用の教材などによく使われた言葉です。今風に言いかえれば、「英語入門」といったところでしょうか。
では浮世絵をよく見てみましょう。画面に大きく描かれているのは、猫を抱く女性と、棒を持って犬を追い回す子どもたちの様子です。私たちが学校の授業で習った明治時代は、洋服を着たモダンな人々が街にあふれているイメージですが、この浮世絵が売り出された明治時代のはじめ、一般庶民はまだまだ江戸時代と変わらない生活を送っていました。ですから女性の結い上げた髪や着物や、頭の上を剃りあげた子どもたちの姿も、江戸時代とほとんど変わりません。
デタラメ英語の
たねあかし
そして絵の左に書かれているのは、冒頭でご紹介した「デタラメ英文」です。この浮世絵の英語は、なぜこんなにおかしなことになってしまったのでしょうか。その秘密は、英文の下に書かれた日本語にあります。
書かれている文字を現代の活字に直してみました。英文の上にカタカナで書かれているのは単語の発音、そして下に書かれているのは、英単語に対応する日本語の意味です。この日本語を、現代風の表記で分かりやすく書くとこうなります。
「彼の子どもは、犬を見る/そうして、バウワウと言う得る/しかしながら、汝はいかにして為し得るか」
「否、私は可愛らしき猫を持つよ」
なるほど、この日本語ならまだ意味が通じそうです。きっとこの英文を書いた人は、先に意味の通じる日本語をつくり、日本語に対応する英単語をあてはめたのでしょう。そしてこの日本語文の情報だけで、ちゃんと浮世絵マナーに則った絵を描いた絵師・昇斎一景の想像力と画力もなかなかのものでしょう。
実はこの英文に使われている英単語、“Sanders’ Union Reader”という実在する英語教材の一番初めのレッスンで出てくる単語です。この教材は1861年にアメリカで出版されたもので、後に日本語の解説書が制作され、明治時代の英語教育でよく用いられるようになります。しかしこの浮世絵が売り出された時には、この教材の日本語での解説書は出版されていませんでした。この英文をつくった人は、横浜のような外国人が多い土地で英語を学んだ人が使った教材の書き込みやノートを入手していたのでしょうか。確かなことは分かりませんが、新たな文化への入り口である「英語」という言葉を知りたいという明治の人々の思いはとてもよく伝わってきます。
英語を学ぶ
ワクワク感を大切に
日本では20年ほど前から、ドラマや音楽などがきっかけとなった「韓流ブーム」が何度もありましたが、そのたびに韓国語の入門書がよく売れるのだそうです。「文明開化」ブームに興味津々だった明治の人々も同じような気持ちだったのでしょう。
今まで知らなかった文化に触れるというのは、誰もがワクワクするもの。そして、その文化をより深く知るために外国語を学びたいと思うのもとても自然なことです。受験などで苦労した思い出がある大人たちは、どうしても英語を「勉強しなければいけないもの」と考えてしまいがち。しかし明治時代の「デタラメ英語浮世絵」が伝えてくれる英語を学ぶワクワク感は、本来、いつの時代も変わらないはずです。
先ほど読み解いた「デタラメ英文」をつくった人の気持ちを想像してみると、自分の手で英語の文章ができあがっていくのは、きっと楽しくて仕方がなかったのではないかと思うのです。みなさんも初めて英語を学んだとき、日本語と英語とで主語や述語の順番が違うと知り、びっくりしたことはありませんでしたか?これから英語を学ぶ子どもたちの、そんな新しい世界に触れるドキドキ・ワクワクする気持ちを大切にしてあげたいですね。
おまけ
今回ご紹介した浮世絵は、KUMONが所蔵する「くもん子ども浮世絵コレクション」の中の1枚でしたが、実はもう1枚、「リードルおしへぐさ」シリーズの浮世絵があります。その浮世絵に書かれている英文がこちら。実はこちらの方が、参考にした教材のレベルが高いのですが、この記事をお読みになられた方ならきっと理解できるはず!? ぜひチャレンジしてみてください!
関連リンク くもん子ども浮世絵ミュージアム