Unlocking the potential within you ―― 学び続ける人のそばに

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Vol.119 2026.04.03

学芸員
福田 里和さん

<後編>

常に「やり抜く力」で真実を追求し
「物怖じしない心」で世界と対話する

学芸員

福田 里和 (ふくだ さとわ)

兵庫県朝来市生まれ。公文式指導者だった祖母の影響で、年少から中学卒業まで近所の公文式教室で算数・数学、英語、国語の三教科を学ぶ。12歳でKUMONが主催するEIC[現GIC(=Global Immersion Camp)]での異文化体験から、人と宗教について強い興味を抱く。大学では日本美術史を専攻。中世の説話絵巻について修士課程まで学ぶ。現在は京都市内の美術館で学芸員として勤務。

京都市内の美術館で学芸員として働く福田里和さん。勤務1年目にして、様々な展示の企画や広報イベント、講演会運営などに精力的に携わっています。そんな福田さんを形づくったのは、幼少期から取り組んでいた公文式と、KUMONが実施するEIC(=English Immersion Camp)での唯一無二の体験でした。引っ込み思案だった女の子が、いかにして人前で堂々と作品解説ができるまでに成長できたのか。幼少期のエピソードを交えながら、福田さんにお話しいただきました。

目次

    なんとなく英語に取り組んでいた私が
    飛び込んだ「多彩な音と色の海」

    私の親は信じられないくらいの放任主義でした。そんな両親から、おそらく人生でただ一度、強く背中を押されて参加したのが、KUMONが主催していたEIC(=English Immersion Camp)[※現GIC(=Global Immersion Camp)]でした。それは小学6年生の時のことでした。それまでの私は、公文式でしか英語を学んだことがなく、英会話経験はゼロの状態。一週間英語漬けのキャンプだなんて、不安しかありませんでした。最初は「絶対に嫌だ、怖い!」と猛反発していたくらいです。

    しかし、結局は両親に説得されて、詳しい内容もわからないまま、EICに参加することになりました。今でも、キャンプ会場だったホテルのロビーに足を踏み入れた瞬間の景色は、はっきりと覚えています。太鼓の音がドンドンドンと鳴り響き、知らない国の音楽がこだまする中、世界各国から集まったキャンプリーダーたちが「Welcome!」と最高の笑顔で迎えてくれました。その色彩の豊かさ、エネルギーの強さ。「ここは今までの日常とは、まるで違う場所なんだ」という驚きと高揚感で、その場から動けなくなっていたことを覚えています。

    このキャンプでは、子どもも大人もみな英語でコミュニケーションをとることがルールです。初めのうちは、みんなが何を話しているのかほとんどわかりませんでしたし、自分が伝えたいことも英語でうまく表現できませんでした。でも、私が必死で絞り出したハチャメチャな英語を、キャンプリーダーたちは遮ることも正すこともなく、「うん、うん、それで?」と身を乗り出して聞いてくれたんです。文法や発音が正しいかどうかよりも、大切なのは「伝えたい」という私の意志なんだ。自分の存在を全肯定されていると感じたこの体験が、内向的だった私を大きく変えていったのです。

    2日目には英語での会話にも慣れ、みんなとおしゃべりするのが急に楽しくなりました。今思えば、E-Pencilで耳が英語に慣れていたことも良かったのかもしれません。たくさんの仲間に協力してもらったおかげで、夕食後には、我ながら納得のいくスピーチもできました。

    伝えたいことをうまく言葉にできない歯がゆさを味わいながらも、間違えることを恐れずに、自分の意見を口にできるようになったことは大きな成果でした。このキャンプを経験して以降、両親が「ものすごく積極的になったね!」とよく驚いていたので、当時の私の変化は顕著だったのだと思います。

    参加前は嫌で仕方がなかったEICでしたが、参加してみるとあまりにも楽しく、キャンプが終わることがさみしくて、最終日はずっと涙が止まりませんでした。EICの卒業式では、私だけでなく母まで大号泣していたのもよく覚えています。そして卒業式にキャンプリーダーからもらった手紙は、今でも大切な、私の宝物です。

    EIC同窓会での「モヤモヤ」が、
    日本美術という一生の仕事につながった

    EICが私にくれた最大のギフトは、「異文化への強烈な好奇心」でした。キャンプ中、イスラム教徒のキャンプリーダーがラマダン(断食)で日中に食事をしない姿を間近で見たり、国によって異なる食事のルールを知ったり。教科書の中の知識ではなく、肌で感じる「違い」は、私の知的好奇心に火をつけました。

    その好奇心は、大学での「縁起絵巻」の研究へとつながります。母が美術の先生だったこともあり、もともと絵を描くのも見るのも好きでしたが、次第に「なぜ人は何かを信じ、それを絵にするのか」という、人間の心と宗教の関係に深く引かれるようになりました。

    実は、大学に入学した時は西洋のキリスト教絵画を研究しようと思っていたんです。しかし後から日本美術に専攻を変更したのですが、そのきっかけも、やっぱりEICでした。

    大学生になってからEICの同窓会に参加した時、海外の友人たちと話す中で、ふと気づいたんです。自分はキリスト教のことを論じようとしているけれど、そもそも私は自分の国の文化、日本美術の魅力を何ひとつ豊かに語ることができない。その事実に、ものすごくモヤモヤしてしまって。「自国の文化を語れずして、異文化を理解できるのか?」という問いに向き合う中で、日本美術、中でも「絵巻物」の研究へと舵を切りました。

    絵巻物は、まさにEICで感じた「言葉を超えたコミュニケーション」というテーマそのもの。これまでの様々な経験がつながっていくことで、一生をかけて向き合うべき「自分のフィールド」を見つけられた気がします。

    「やさしい言葉」で
    美術館を世界に開きたい

    学芸員になってもうすぐ2年目ですが、私には夢があります。それは、美術館のハードルをぐっと下げ、より多くの人々に美術作品の魅力を伝えることです。

    研究者同士で話していると、どうしても専門用語が増えてしまいますが、それでは初めて美術館に来た人や、小さなお子さん、そして外国の方には届きません。複数言語による表記もまだまだこれからです。公文式で学んだ「要約力」と、EICで学んだ「伝える勇気」を生かして、誰にでもわかる「やさしい解説」を発信していきたいと思っています。

    先日、自分が担当した日本画展のチラシをつくったときのことです。当初は、情報量を優先して日本語のみの表記にする方針でした。しかし、京都には観光目的で、たくさんの外国の方が来ています。「日本画は彼らにとっても大きな魅力になるはず。せっかくの機会を逃すのはもったいないです。絶対に英語を入れましょう!」と、中国出身の同僚と一緒に、懸命に上司を説得しました。

    結果、その提案が採用され、チラシには英語の展覧会情報が加わりました。自分の意志で動いたことで、美術館を少しだけ世界に開くことができた。その手応えは、何物にも代えがたい喜びでした。同時に、新人の意見を尊重してくれる職場の環境にも、心から感謝しています。

    改めてふり返ると、すべての経験はつながっているのだと実感しています。泣きながらプリントを解いていた負けず嫌いな私も、英語が怖くてたまらなかった12歳の私も、今の私の大切な一部です。

    これからも、たくさんの未知なる扉が目の前に現れると思いますが、恐れずに挑戦していきたい。そして、美術作品の魅力を世界中の人たちに伝えていきたい。いつか、「この人が企画しているなら、おもしろそう!」と思っていただけるような展覧会をつくり上げたいと思っています。

    保護者からのコメント
    本を読むことが大好きな娘が、EIC参加を機に、いろんなことに挑戦するようになりました。親としてうれしかったのは、それが、がんばってのことではなく、すごく自然体であったことです。
    興味のあることややりたいことがたくさんありすぎて、ふり回されてしまうこともありますが、今は夢中になれるものを職業としている娘を誇りに思っています。

    前編を読む

     


     

     

    前編のインタビューから

    -華やかな展覧会の裏でマルチタスクが求められる学芸員の日常
    -悔し涙でシワシワになったプリントが、「諦めない心」を育ててくれた
    -「5枚なら20分」と見通しを立てる、客観的な自己分析力

    前編を読む

     

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