中村 壱太郎(なかむら かずたろう)
東京都出身。歌舞伎俳優。日本舞踊吾妻流七代目家元・吾妻徳陽。父は四代目中村鴈治郎、祖父は四代目坂田藤十郎。母は二代目吾妻徳穂。『曽根崎心中』のお初、『金閣寺』の雪姫など、女方を中心に活躍する。吾妻徳陽の名前で日本舞踊家としても活動。また、アニメ映画『君の名は。』の劇中に登場する巫女舞の創作・振付や、映画『国宝』の所作指導も手がける。2025年「Forbes JAPAN CULTURE-PRENEURS 30」を受賞。
市川 青虎(いちかわ せいこ)
東京都出身。歌舞伎俳優。1993年、国立劇場<市川右近の会>『勧進帳』の太刀持ちとして、三浦弘太郎の名で初舞台。1995年に三代目市川猿之助(現・猿翁)の部屋子となり、市川弘太郎を名乗る。2022年、歌舞伎座『新・三国志 関羽篇』の諸葛孔明で二代目市川青虎を襲名。演出や自主公演にも精力的に取り組む。
基礎を固めた先に、新しい世界が広がる
市川青虎さん(以下、青虎):映画『国宝』で壱太郎さんが吉沢亮さんや横浜流星さんに所作を教えたエピソードの中で、「基礎」の話が出たじゃないですか。あれで思い出したことがあるんですが、じつは娘にとっての祖母が公文式の先生をしていたこともあって、私の娘は年中から小4まで公文式教室に通っていたんです。私自身は子どもの頃、公文式をしていなくてね。小2の時に「九九」を覚えるのがクラスで最後、ビリッケツだったんです(笑)。そのとき、「くもんに通ってる友だちは、計算が速くてすごいな」と思ったことを覚えています。
中村壱太郎さん(以下、壱太郎):そんな原体験があったんですね。
青虎:ええ。公文式って、毎週決められた時間に決められた場所に行って、問題をくり返し解くことで、基礎をしっかりと固めていく。そして家でも毎日、課題に取り組むんですよ。これって、日本舞踊のお稽古と重なる部分がたくさんあると思ったんですよね。
子どもの頃、学校が終わって、それこそ友だちが公文式教室で計算の基礎をやっている時間、私たちはお稽古場に行って、「お滑り(足の運び)」や「首の振り方」をくり返していたでしょう?いきなり難しい踊りはできないように、いきなり微分積分は解けない。基礎の「型」をくり返すことでしか到達できない世界があるんですよ。
壱太郎:まさに「基礎と反復」ですね。そんな地道な努力があるからこそ、難しい問題が解けたときのうれしさもあるでしょうね。芸事はその日、舞台を観に来てくださった方に向けて演じるものですから、自分ではうまくいったと思っても、お客様の感想は違ったり、逆にうまくいかなかったと思ったときに、よかったと言われたり。自分の評価とお客様からの評価が必ずしも一致しないので、舞台役者はなかなか達成感が得づらい職業ではあるけれど…。
青虎:確かによかったと思えることはそうない。だけど成長って不思議なもので、すぐに結果として出なかったり、ずっと停滞していたりするように見えていても、ある日突然、一段上に「パッ」と登れる瞬間が来る。そこに自分の実感が伴わなかったとしても、気づけば、いただく役が大きくなっていたりしてね。
だからこそ、伸び悩んでいる時期でも手を止めずに、コツコツと努力し続けるしかないんですよ。これは勉強も芸事も一緒なんじゃないかな。
壱太郎:「くり返し学習する力」や「やり続ける力」は、大人になってからも大きな強みになりますからね。そういう意味で、歌舞伎と公文式には共通点がありますね。
青虎:今年、娘は高校受験するんですけど、数学がとても得意なんです。公文式で基礎力を身につけたこと、コツコツと継続する力を育んでもらったことが確実に生きている。算数のプリントを毎日こなしていた娘の姿を思い出しながら、そんなことを感じています。
必要なのは「見守る」トレーニング
子どもの意思を尊重し、別人格として向き合う
壱太郎:私は映画『国宝』で所作指導をさせていただいたり、歌舞伎絵本の監修をしたりと、「教える」「伝える」立場を経験して、「教える」「伝える」ことの難しさや自分が教わってきたことの大切さを再確認しました。青虎さんも、先ほど娘さんとのエピソードがありましたが、親として「教える」側の難しさを感じることはありますか?
青虎:そうですね。教えるというよりも、「見守る」ことに難しさを感じています。親ってつい過干渉になっちゃうから、「なにやってんだ」「もっとこうしなさい」と言いたくなっちゃう。
だから最近は、「私と娘は別人格なんだ」って思うことにしたんです。子どもは親の分身ではないし、何かを託す存在でもない。だから、たとえ娘が受験当日に遅刻しても、それは娘自身の責任だぞ!と自分に言い聞かせています。
壱太郎:なるほど! 「見守る」って、本当に大切ですね。私は大学を卒業するまでにいろいろな経験をさせてもらいました。歌舞伎役者の家系に生まれたので、親は私に「義務教育が終わったら、歌舞伎一本で舞台に出なさい」と強制することもできたはずなんです。でも、高校、大学と自由に学生生活を送らせてもらって。
もちろん歌舞伎や日本舞踊のお稽古はしていたし、舞台にも出させてもらってはいたけれど、学校生活が優先でした。アルバイトをしたり、サークルに入ったり。全部、その年齢でしか経験できないことですよね。そんなふうに、私の意思を尊重して見守ってくれたからこそ、歌舞伎のことをより好きになれたのだと思います。親に感謝です。
青虎:私たちもだんだんと後輩が増えてきて、教える立場になってきました。これからはより一層、「見守る」ためのトレーニングが必要ですね。
壱太郎:加えて、先輩から学ぶ上では「観察する」ことも必要かもしれません。この人は何が好きで、芝居で何を大事にしているのか。どうやったらやりやすいですか?と 直接たずねることも大事ですけど、やっぱりつぶさに観察することでしか見えてこないことがあると思います。
親子で「推し」を見つけ、
ありのままの歌舞伎を楽しんで
壱太郎:先ほど、芸事は達成感が得にくいと言いましたが、歌舞伎絵本に取り組んだことで、ひとつの達成感が得られました。日々の舞台は、本番があって、稽古があって、また本番があってと、終わりなくバージョンアップしていかなくてはいけない。その中で「絵本」という形ある成果が残せたことは、私にとって非常に大きな意味がありました。
青虎:この絵本をきっかけに、たくさんの方に歌舞伎を観に来てほしいですね。親子で遊びに来ていただくのも大歓迎です。私は2歳のときに初めて歌舞伎を観て、歌舞伎が大好きになって、歌舞伎役者になりたいと思ったんですよ。舞台から客席を観ていると、小さなお子さんを膝に乗せて観劇している方もいらっしゃって、昔の自分を見ているようでうれしくなります。
意外にね、子どもの方が目の前で起こっていることをありのまま受け入れて、純粋に楽しめます。保護者の方も、「これはこういう意味よ」と説明しすぎず、一緒に驚いたり笑ったりしてほしいですね。
壱太郎:本当にそうです。まずは今回の『黒塚』をはじめとした「くもんの歌舞伎絵本」で、歌舞伎の世界観を体験してもらって、いつか劇場にも足を運んでもらえたらいいなと思います。私たちも、その日のためにおもしろい作品をつくり続けます。
映画『国宝』で歌舞伎に興味をもった方であれば、映画に出てきた演目の舞台を観に行くのもおすすめです。例えば今月、京都の南座で、私と尾上右近さんが演じる『曽根崎心中物語』などは、まさに映画の中で重要な演目として扱われました。
今の時代、「推し」という言葉が浸透していますけれど、歌舞伎も「この話がおもしろい!」「この役者が好き!」という推しを見つけて楽しんでもらえたらうれしいです。ぜひ、親子で歌舞伎の扉を叩いてみてください!
■花形歌舞伎 特別公演『曽根崎心中物語』
2026年3月3日(火)~25日(水)
花形歌舞伎 特別公演|南座|歌舞伎美人
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前編のインタビューから -「かつらや衣装がなくても、歌舞伎は届けられる」 コロナ禍で生まれた逆転の発想 |









