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Vol.050 2018.09.28

大阪市立大学大学院 経営学研究科 教授
山田 仁一郎先生

<前編>

「学問」は先人から受け取った
人類の「知恵の蓄積」
未来につなぐため、学び続けよう

大阪市立大学大学院 経営学研究科 教授

山田 仁一郎 (やまだ じんいちろう)

東京都生まれ。中央大学商学部を卒業後、北海道大学大学院経済学研究科博士課程修了。経営学博士。香川大学経済学部専任講師、助教授や英国・クランフィールド大学マネジメントスクール客員研究員、フランス・ボルドー経営大学院客員教授、九州大学客員准教授などを経て、2016年より大阪市立大学大学院経営学研究科教授。著書『大学発ベンチャーの組織化と出口戦略』(2015年・中央経済社)は、平成 28 年度日本経営学会賞を受賞。共著に『アントレプレナーシップ入門 ベンチャーの創造を学ぶ 』((2013年・有斐閣)など。

「アントレプレナーシップ」をテーマに研究活動を行う山田先生。学生時代は作詩や雑誌づくりなど創作活動に励む一方、他大学の講義を聴きに行くなど、貪欲に「学問」を吸収し、研究者としてご活躍されています。ご経歴からは順調に学びを究めてこられたように感じますが、家庭の事情で少年期や思春期は波乱に満ちたものだったそう。しかし、ネガティブな問題(ライフイベント)も「ギフト」と捉え、いまの自分があるのも「学問のお陰」と、その大切さを強調します。先生にとって、「学問」とはどのようなものなのでしょうか。公文教育研究会との共同研究の検証結果もあわせてうかがいました。

目次

新しい事業は「常識を疑う」ことから生まれる

大阪市立大学大学院 経営学研究科 教授 山田 仁一郎先生

私はアントレプレナーシップの専門家として、大学院で学生に「アントレプレナーと経営戦略」をテーマに講義をするほか、企業の外部取締役なども務めています。
「アントレプレナーシップ」はもともとフランス語です。日本語でニュアンスを伝えるのは難しいのですが、「アントレプレナー」というのは、「企業家」「事業家」「経営者」といわれる人たちの中でも、とくに「リスクをとって新しい事業を創造する人」を指します。皆が気づいていないのに、「この見方を変えたら価値があるのでは」というように、既存のルールに挑む「常識を疑い、代替案を出す人」ともいえます。

そもそも事業というのは、何か「困ったこと」があったとき、それを解決するために生まれるものですが、そこに至るまでにはいろいろな制約があります。その制約があるにもかかわらず可能性を追求し、困難に向き合いながらも新しい事業を創造するという、ある意味矛盾した営みをすることが「アントレプレナーシップ」です。ただ矛盾しているので、じつは徒労に終わることも多い営みでもあります。

しかし、その過程で別の掘り出し物を見つけることもあり、それはそれでおもしろいと思えたり、何も得られなくても「いい旅だった」と思えたりする。そんな精神力や世界観も、アントレプレナーシップの考え方といえるでしょう。

私が経営学に関わるようになったのは、1990年代からですが、当時から「科学技術の事業化」に関心がありました。のちに書いた「大学発ベンチャーの組織化と出口戦略」(中央経済社)という著作では、科学技術をビジネスにする過程で、何が問題になるのか、どうしたらそこに関わった人たちにとって納得できる帰結になるのかといったことをまとめ、平成28年度日本経営学会賞(第90回大会)をいただきました。

学習療法に興味をもった3つの視点とは?

新事業開発に通じるKUMONの「学習療法」

大阪市立大学大学院 経営学研究科 教授 山田 仁一郎先生

そんな研究をしている私が、公文教育研究会と一緒に、介護現場における学習療法を調査することになったのは2016年のことです。「介護施設で働くケアワーカーが、学習療法をどう捉えているか」「学習療法の導入で、介護施設はどう、なぜ変わるのか」などについて調査しました。私の専門分野とは一見離れていると思われるかもしれませんが、次の3つの視点から、学習療法に興味をもったのです。

1つは、科学技術を事業化している点です。公文の学習療法は、東北大学と共同開発した教材を使って、音読と簡単な計算、そしてコミュニケーションで、認知症高齢者の脳機能の維持・改善をはかるものです。つまり脳科学の視点を取り入れて事業化されたものです。

2つめは、「介護と学習」や「非営利と営利」といった異質のものが関わり合って、新事業が成り立っている点です。私は映画事業など文化のジャンルでも本を書いておりますが、今までなかったものが出現する過程を見ていると、「新しいこと」は「異質な知識が関わり合う」ことで生まれてくることに気づきました。経営学には、利き手を動かすだけでなく、もう1つの空いている手で機会を探索していくことが新事業開発につながることを説いた「両利きの経営」という考え方があります。学習療法はそれに通じると考えました。

3つめは、「今の高齢化後の社会にどう向き合うことが有効で誠実なのか」という問いに関心があったことです。これは、「人間とは何か」ということにつながります。じつは、この問いは社会老年学の研究者である妻との対話において、ずっと考えさせられてきたことで、潜在的な課題として自分の中にありました。

この調査に関わる前は、学習療法のアイデアは優れているものの、受け入れる施設にとってはどう受けとられるのか、多忙な現場にとっては抵抗感が大きいのでは、と感じていましたが、詳しく知るにつれ、ビジネスとしては、論理的に筋の通った展開がなされていると感心しました。少子高齢化後の社会の流れのなかで、高齢者向けに展開していて、しかももともとKUMONが保有していたノウハウやリソースが、高齢者とその家族が抱えている切実な問題にも活用可能で、社会に貢献できる。確度の高い事業仮説だと思いました。

学習療法の効果とは?

学習療法を通じて高齢者と人間らしいリズムが取り戻される

検証結果でとくに興味深かったのは、「学習療法を通じて、介護者(ケアワーカー)の働き方や自分のミッションの意味づけを言語化・共有化できる」ことと、「学習療法は、介護施設における異なる他の専門職間の共通言語になっていく」という考え方が発見できたことです。

大阪市立大学大学院 経営学研究科 教授 山田 仁一郎先生

若いケアワーカーが高齢者と接するとき、世代が異なるためにふつうは文字通りあまり共通言語がない状態であるといえます。ですから、物理的ケアはできても、人間的な接触はなかなか生まれにくいのです。ところが、学習療法の教材を通して的確に接すれば、高齢者から昔話を聞き出したり褒めたりすることができるという結果がみられました。何かを教えるというのではなく、コンパッション(感情への共感)を生む基盤となっているのです。医師や看護師や理学療法士など他の専門職の人たちも、人間として関わるリズムのようなものを見出すきっかけになっていたことも発見でした。

「この人はこう生きていて、こういうストーリーをもっている。だからいま、こっちを優先してほしい、と言っている」と、そんなことに気づけたり、そうしたことを共通化するための物語の装置として、学習療法が使われていることを見出すことができました。

人は、誰かと関わり合おうとするとき、お互いの状態を編集しようとしますが、その際には記録と記憶に頼ってしまいますし、介在するものがないと分かり合うのはなかなか難しい。それをたぐり寄せる道具が教材になっていたのです。人によってはそれがピアノとか、犬だったりするかもしれませんが、識字率が高い日本において文字で書かれた学習教材は適切ですし、学びや気づきを通じて関わり合うということは、人間として自然で前向きです。

私は、ドイツ出身の政治経済学者アルバート・O・ハーシュマンが会得したような「困難であったとしても、であればこそ、どうなるかわからないということを前向きに考えよう」という立場が好きなのですが、それを提供しうる装置になっている、とも感じました。ビジネスとしてみても、介護施設とKUMONの社会的価値を高める良い事業だと思います。

関連リンク 大阪市立大学大学院経営学研究科学習療法センター


大阪市立大学大学院 経営学研究科 教授 山田 仁一郎先生  

後編のインタビューから

-教師の仕事は「知的な誘惑」
-「学問」の意味とは?
-「本能的な感覚」の大切さとは?

 

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