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Vol.006 2014.02.21

脳科学者 川島隆太先生

<前編>

学びの本質は、
過去を知って未来につなぐこと
子どもたちに伝えたい
をかなえるための4つの約束

東北大学教授 医学博士

川島 隆太 (かわしま りゅうた)

1959年生まれ。東北大学医学部卒業。同大学院医学系研究科修了。スウェーデン・カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学助手、講師を経て、同大学加齢医学研究所・教授。

謎多き人間の脳について、見る・聞く・話す、さらに記憶・学習・手を動かすなど、どんな活動で、脳のどこが働くかを画像を使って調べる「ブレインイメージング研究」の日本における第一人者、川島隆太先生。『脳を鍛える大人のドリルシリーズ』の刊行や認知症高齢者への「学習療法」の実践などにより、研究成果を広く社会に還元しています。一方で、現代の社会環境は「子どもの脳の発達によくない」とも。脳科学者の視点から「脳」と「学び」の関係に迫ります。

目次

人との相性をリアルタイムで可視化できる日が来るかもしれない

川島隆太先生

僕は脳の働きを画像化することを基本技術として研究を続けています。その技術を使ったひとつの研究の方向性は、人間の脳が「どんなことをすれば、脳のどこがどのような働きをするか」を明らかにすることです。さらにそれを応用させ、私たちがどういう暮らし方をしたら、今よりもより良く脳を働かせることができるのか、高齢者や成人を対象にしたり、子どもたちの生活調査をしたり、いろいろな角度から研究しています。

今もうひとつ取り組んでいるのは、新しい『脳の計測装置』をつくることです。現在の計測装置は、ベッドに横になり頭を固定する必要があるので、非常に制限が多い。そうではなく、ふだん会話しているときの脳の働きを計れないかと小型の装置を研究中です。試作段階ですが、お互いの気持ちが通じ合っているときは、互いの脳の働きは同期することがわかっています。この研究を進めていけば、より良いコミュニケーションをとる方法についても、答えが見つかるかもしれません。

コミュニケーションというのは目に見えないため、気持ちがすれちがったり、空気が読めないということが起こります。これは、子どもたちの間でも問題になっていることで、「今のコミュニケーションの状態はこれくらい」と明確に数値で可視化できれば、関係性の改善に役立つことが期待されます。

中学時代から思い描いていた夢とは?

中学時代、「自分の脳や心をコンピュータのなかに入れたい」という夢を抱く

川島隆太先生

僕が「脳の研究をしたい」と具体的にイメージするようになったのは、東北大学の医学生のとき。その当時、東京大学医学部で生理学を教えていた伊藤正男先生の『脳の設計図』(中央公論新社自然選書)という本に出会ったのがきっかけです。私たちの脳はコンピュータみたいな電気仕掛けの回路があって、脳がさまざまな働きをすることがわかってきた、と書かれていました。ならば、中学時代から僕が抱いていた「自分の脳や心をコンピュータの中に入れたい」という夢を実現できるのではないか、と思ったのです。

しかし当時は、人間の脳での研究はあまりされておらず、どうしたらいいか悩んでいました。そんなとき、たまたま出席した講義で、この東北大学に人間の脳の機能や働きを計測できるポジトロンCTという装置があることを知ります。ただ、誰も使ったことがなく使い方はわからないとのこと。「では、自分が使ってやろう」と、そこからは研究者になりたい一心で勉強に励み、その装置を使える大学院の研究室に進みました。

そもそも僕がなぜ、「自分の脳や心をコンピュータのなかに入れたい」と思うようになったかというと、中学生時代に女の子にふられたことがきっかけです。このとき「自分とは異なる他者がいる」ことを初めて現実的に捉え、「自分とは何か。なぜ自分はここにいるのか。なぜ人は地球に生まれたのか」を考えるようになりました。当時の僕が出した結論は、「人類最後の日をこの目で見れば、なぜ地球上に人間が発生したのかわかるかも」というものでした。しかし当然、自分が生きている間にその日は来ません。そこで思いついたのが、「自分の脳を機械のなかに入れる」ことだったのです。

こうして脳への興味が湧き、高校時代には「医学部に進みたい」と考えるようになりました。しかし僕は、小さいころから勉強とは縁遠い生活。浪人時代に生まれて初めてまじめに勉強し、志望の大学へ入学することができました。

高齢者施設で目の当たりにした信じられない光景とは?

研究成果を社会で活用してもらうのが研究者の務め

川島隆太先生

その後大学院まで進学はしましたが、くだんの装置の使い方がわからない状況だったので、まずはサルの脳の研究をと、京都大学に内地留学をします。そこで「おもしろい論文がある」と紹介されたのが、スウェーデンのカロリンスカ研究所のローランド博士の論文でした。人が考えているときの脳の働きをポジトロンCTを使って測定することができたという内容で、まさに僕がやりたかったこと。「やられた!」と思ったと同時に、「この人のもとで勉強しよう」と決め、大学院終了後すぐに博士あてに手紙を書きました。

とてもラッキーなことに、博士が助手を探していた時期にちょうど重なり、「すぐおいで」と返事が来て、脳の研究者として必要なあらゆることを教わりました。「朝、誰より早く大学に行って仕事しろ」とか「正しいことを正しい方法で行え」といった教えも守り続けました。だからこそ今の僕があると思っています。

脳の研究のノウハウを日本に持ち帰った僕は、そのお蔭でさまざまな研究の機会に恵まれました。ただ、国立大学の研究というのは、国民の税金によって支えられていますから、自分のやりたい研究だけしているのでは不十分で、成果を社会に還元し活用してもらうのが義務です。その還元先としてもっとも役立つのは、子どもの教育だと考え、子どもを対象に研究しようとしましたが、当時は倫理的に問題があるとして実現できませんでした。

そこで対象を認知症(以前は「痴呆症」と呼称)の高齢者に変更しました。普通の大人だと脳はすっかり発達しているし、さまざまな能力を身につけているので、新たな能力を獲得する過程は見えづらいからです。認知症の方に私たちが提案することをしていただき、それが良い影響があるとの結果がでれば、子どもたちにとっても良い影響があるのでは、と考えたのです。

けれども、研究のフィールドをどこにするかで困っていました。そんなとき、公文教育研究会から福岡県の高齢者施設(特別養護老人ホーム)を紹介されました。さっそく、そこにいらっしゃる高齢者の方々の協力を得て、「読み書き計算」の学習をしてもらい、学習を通して高齢者と支援者(施設スタッフ)とがコミュニケーションするという試みを行い、その効果を科学的に検証することにしました。2001年のことでした。

とはいえ、初めのうちは施設のスタッフはこの試みには否定的だったようで、みなさん醒めた眼をしていました。ところが、スタートから1~2ヵ月もすると、「これまで見たこともない変化が、読み書き計算をしている高齢者に起きている」という報告が来はじめました。

認知症になると、脳の機能の低下をゆっくりにすることはできても回復は見込めない、というのが医学の見解でしたから、最初、その施設から報告を受けた僕は「嘘をつくな」と信じられませんでした。しかし現場に行き、報告が真実だとわかりました。信じられない光景を目の当たりにすることになったからです。昔の自分を取り戻した人、尿意がもどりオムツがとれてしまった人まで出てきたのです。

この予想外の驚くべき結果を受け、『学習療法』という療法として立ち上げ、公文教育研究会と一緒に展開することになりました。学習療法は、認知症の予防と改善のために全国の高齢者施設や自治体(脳の健康教室として)で導入が進み、各地で大きな成果が出ていますが、まだまだこれからという段階です。

※学習療法はアメリカの高齢者施設でも導入され、その実践がドキュメンタリー映画『僕がジョンと呼ばれるまで』(制作:仙台放送)になりました。2014年3月に一般劇場で公開され、現在は自主上映方式で見られるようになっています。(下記、関連リンクからどうぞ)

関連リンク 東北大学 川島隆太研究室ドキュメンタリー映画『僕がジョンと呼ばれるまで』ドキュメンタリー映画『僕がジョンと呼ばれるまで』メイキングストーリー 学習療法-映画『僕がジョンと呼ばれるまで』自主上映の広がり

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