|
大学を卒業して教員生活を始めたのは23歳でした。高校の英語教師としての出発でした。最初に授業をした生徒達とは6歳しか離れていませんでした。兄貴分としての親しみと半々に青二才の教員として真っ向からの抵抗や反抗もありました。強烈すぎて萎えてしまいそうな生活が続きました。その後、中学校の教師として転勤になりました
充実した中学校の教員生活には沢山の貴重な経験と忘れられない思い出も作ることができました。教員生活20年を経て教育委員会に異動になりました。そしてその後は管理職です。教頭職は僅か1年間でしたが中学校での勤務でした。
そして、校長先生として小学校に着任しました。
着任して5日後には入学式です。校長としての「挨拶文」も頭の中で空回りです。保護者への言葉は浮かんできますが、「ピカピカの1年生」に対しての表現がわかりません。小学校勤務が初めてですから仕方ないことですが、校長先生としては何とも言えないプレッシャーを背負ったまま入学式当日を迎えてしまいました。
壇上から子ども達の姿に直面しました。座っているパイプ椅子から両足が床に着いていません。ぶらぶらしている足が妙に目に飛び込んできました。考えていた「ごあいさつ」の言葉が一気に消滅して、頭の中は真っ白です。数秒で終えて自席に戻りました。背中はビッショリの汗でした。同僚の失笑が聞こえてくるような錯覚は今でも忘れられません。
数日後、通りかかった児童から、「校長先生、ママがね、入学式の校長先生のお話がとっても良かった、って言ってたよ」と、声を掛けてくれました。理由を聞いて苦笑しました。
そして2校目も小学校の勤務でした。苦い貴重な経験は生きました。下手な作り話より素敵な絵本を挨拶代わりに読むことにしました。最終勤務校では3年間在職しました。その間3回の入学式では「同じ絵本」を続けて読みました。校長先生としての確かなねらいがあったからです。入学式には全校児童が参列します。3年後には3年生になっている児童が、3年前に聞いた絵本のストーリーへの反応が変わるからです。その変化を校長先生は「子どもの個々の成長」と認知したかったからです。自らの感想の変動を訴えて来る児童がいました。その都度、「成長したね」と励ましました。
同じ絵本も年数の経過で反応が違うのは当然です。ご家庭でもこの変化の確認ができると素直にわが子の成長が見届けられるかも知れませんね。
 |
 |
日本公文教育研究会 子育て支援センター 『教育を考える』係
〒532-8511 大阪市淀川区西中島5-6-6 公文教育会館
TEL 06-6838-2638 / FAX 06-6838-2701
|
 |
 |
|